紀の川市役所:前編
-フレイル予防における市役所でのInBody活用-
✓InBodyを活用する目的
● 介護予防事業の一環としてInBody測定を行い、体力測定の結果と併せて地域高齢者の健康状態を評価するため
✓InBody470導入の決め手
● 比較的軽く、拠点同士の持ち運びがしやすい点
● 15秒というとても短い測定時間で筋肉量や体脂肪量など多くのデータを安全に集めることができる点
✓得られた効果
● 体成分の変化から地域高齢者の健康状態を把握できるようになった
● InBodyの測定結果を通じて多職種が連携できるようになった
● InBodyデータを病院や地域で集めることで病院や介護施設などと連携しやすく、地域全体での支援に繋がった
機種モデル:InBody470
紀の川市は和歌山県北部に位置する人口約6万人の自治体です。2005年に近隣の5つの町が合併して誕生しました。農業が盛んで、1年を通して四季折々の農産品を楽しむことができ、特に桃や苺、柿などの果物が有名です。紀の川市は、「フレイル予防推進のまち」として、福祉部高齢介護課が市民のフレイル予防に取り組んでいます。
▲ 左から田村 隆明さん、大井 裕幸さん、岡本 淳さん
高齢介護課総合事業班副主任の田村 隆明さんは市役所の介護予防事業を担当しています。貴志川リハビリテーション病院の理学療法士である大井 裕幸さんと岡本 淳さんは紀の川市役所の高齢介護課で勤務しています。大井さんは2019年4月から、岡本さんは2020年4月から介護予防事業に携わっています。病院の専門職の方が市役所の事業に携わっているのは全国でもとても珍しいです。紀の川市内には、地域の皆さんが主体的に実施する体操活動拠点が約120ヶ所あり、各公民館や集会所を回り、InBody測定やその結果を活用してフレイル予防のアドバイスを行うなど、地域活動をサポートしています。
「紀の川 歩 (てくてく) 体操」 市役所と病院が連携した介護予防事業
2014年夏から市役所と病院が連携した介護予防事業がモデル的に始まりました。紀の川市では、2004年から介護予防教室として和歌山県と和歌山大学が共同開発した「わかやまシニアエクササイズ」に取り組んでいました。地域の高齢化に伴い、もっと身近な場所で運動活動がしたいとの要望もあり、貴志川リハビリテーション病院理学療法士の監修で、ご当地体操「紀の川 歩 (てくてく) 体操」(以下てくてく体操)が考案されました。翌年2015年9月からは市民が最寄りの集会所に集まって、週1回定期的に運動を行う場が立ち上がり始め、てくてく体操を収録したDVDは、各拠点に配布され、皆さん楽しく元気に活動されています。市内88ヶ所の集会所に、市民が自主的に集まり、毎週てくてく体操を行っています。参加人数の合計は約1,000名となっています。
▲ 集会所での体操風景
2016年9月から貴志川リハビリテーション病院の理学療法士1名が、市役所の高齢介護課に勤務する形で介護予防事業をサポートしています。そして、2019年4月からは事業拡大を目的に、理学療法士2名が勤務するようになりました。
田村さん:
「お恥ずかしい限りですが、貴志川リハビリテーション病院からお話をいただくまでは、PT(理学療法士)やOT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)という職業自体知りませんでした。このお話のおかげで私自身もリハビリ専門職についてたくさん勉強させてもらいました。定期的に運動を行うだけでなく体力や筋肉量の測定も行って評価する方が良いという意見をいただき、年に一回測定することになりました。」
大井さん:
「当時、日本理学療法士協会は介護予防の取り組みとして、地域で活躍できる理学療法士を増やすよう呼びかけていました。貴志川リハビリテーション病院は社会医療法人のため、地域の介護予防事業を市役所と一緒に取り組むことは自然な流れでした。」
最初は、貴志川リハビリテーション病院で使用しているInBody770を、各集会所に運んで筋肉量などを測定していました。しかし、InBody770は専用ケースを含めると重量が70kg近くあり、大人の男性2人でも持ち運びにとても苦労します。拠点数も増えるにつれ、測定の度に病院から借り続けるのも現実的でなく市役所で購入した方が良いと考え、2018年4月には、持ち運びに便利な1台目のInBody470、2020年7月に2台目のInBody470が導入されました。
大井さん:
「私たち理学療法士の多くは病院や介護施設に勤務しており、行政に関わる理学療法士はほんの一握りです。病院では患者さんと1対1で関わりますが、行政では理学療法士ひとりに対し、一度に多くの方と関わります。また、病院に来られる方は病状によって『もっと早くリハビリ専門職が関わっていれば…』と思うこともあり、要介護や要支援状態となる前段階であるフレイル(加齢による虚弱化)の予防がどれだけ大切か、日々の活動の中で痛感しています。ポピュレーションアプローチに携われることは、私の理学療法士人生の中でもとても貴重な経験になっています。」
岡本さん:
「行政に関わる前は訪問リハビリに携わっていました。訪問リハビリを行う在宅患者さんは外出が難しいこともあります。4月から行政に関わるようになって、元気な方と入院・訪問リハビリが必要な方の中間にいる、フレイルの方に対するアプローチを日々学んでいます。病院や訪問リハビリで関わる患者さんはリハビリを行って直接的に治療します。しかし、今関わっている地域の方々は現時点で何かしらの病気やケガがあるわけではないので、直接的な治療ではなく、間接的な治療=健康への意識改革をしていく必要があります。」
田村さん:
「市の職員がフレイル予防に関する啓発を行うことは可能ですが、理学療法士をはじめとした専門職の方からの言葉は説得力が全然違います。参加される方も専門職の話をとても熱心に聞かれます。健康を維持するためには、専門職とともに健康への”意識”を高めてもらう必要があると思います。」
介護予防事業内容
現在、紀の川市にはてくてく体操とわかやまシニアエクササイズが共存しており、それぞれ異なる特徴があります。「紀の川 歩 (てくてく) 体操」は地域高齢者向けに理学療法士が専門職の視点から、効果の出やすい体操を構成しています。てくてく体操は3つの強度を用意しており、40~60分程度で構成されています。また、わかやまシニアエクササイズより運動強度は弱いです。体操の実施場所は、自宅から徒歩15分圏内程度で歩いて参加できる集会所で開催されています。これに対し、わかやまシニアエクササイズは踏み台昇降などアクティブな動きが多く、小学校区単位にある公民館で実施されています。運営の方向性も異なり、てくてく体操は理学療法士によるサポート、わかやまシニアエクササイズは健康運動指導士によりサポートしています。
このような違いから、てくてく体操は膝や腰に痛みのある高齢者でも参加できるリハビリとして、わかやまシニアエクササイズは元気な高齢者のアクティビティとして、対象者の明確化をしています。中には、どちらの自主運動グループにも参加されている方もいます。地域の集会所等でてくてく体操が行われていない場合は、新たに自主運動グループが立ち上がるよう、リーダーさんや区長を通じて働きかけています。
田村さん:
「同じ高齢者でも、65~74歳(前期高齢者)と75歳以上(後期高齢者)では筋肉量に大きな差が見られます。てくてく体操は運動強度が低めに作られているので、70代80代の方でも積極的に参加できる体操になっています。わかやまシニアエクササイズの開始から約10年後にてくてく体操が開始されたので、活動に参加される方々もその分高齢化しています。最近では、免許返納も話題になっていますし、車で公民館に行くことが困難な方も増えてきています。自宅から歩いて15分圏内くらいに活動拠点があることが理想です。現在、市内でてくてく体操が行われている集会所は80ヶ所以上で、車での移動が難しい方でも最寄りの集会所で自主運動グループに参加し、理学療法士からアドバイスをもらうことができます。紀の川市は公共交通機関も少ないため、身近な距離での支援を求めている市民の皆様の声を反映しています。地域の皆様に対して、選択肢を増やし、幅広いニーズに応えていくことが私たちの役目だと思います。」
▲ 集会所一覧マップ
青:わかやまシニアエクササイズ活動拠点、緑:てくてく体操活動拠点、ピンク:サロン活動拠点。青が点在しており、緑が密集していることが分かります。
てくてく体操に参加されている方の中には既に膝の痛みを抱えている方もいるので、個々人の状態や体力レベルに合わせてアドバイスを行う必要があります。集会所ではてくてく体操だけでなく、年1回の体力測定会も行っており、握力・5m歩行速度(通常・最大)・5回立ち座りテスト・TUGテスト・タンデム立位保持(開眼・閉眼)を測定します。
岡本さん:
「病院では血液検査などで多くのデータを集めていますが、地域に出るとデータが全くない状態から始めるため、限られた時間の中でどうやって瞬時にデータを集めるかがカギになります。InBody470は約15秒というとても短い測定時間で筋肉量や体脂肪量など多くのデータを安全に集めることができるため、とても重宝しています。InBody測定に加えて、握力や立ち上がりテストなどの体力測定のデータをもとに参加者へアドバイスを行います。」
大井さん:
「InBodyの測定結果で特に強調して説明する項目は4つあります。➀体水分量です。そもそもの水分量が少ない方が多いです。水分量が少ないと筋肉量は少なく、動くためのエネルギーが不足し、筋肉も増えてこないと伝えます。次に➁タンパク質量・ミネラル量などの栄養評価を説明します。➀➁で水分と栄養摂取の大切さを説明します。栄養評価で不足にチェックが入っている方へは運動だけでなく食事のアドバイスも行います。次に➂体重・筋肉量・体脂肪量の3本棒グラフを見ます。大体の方が標準体重C型もしくは肥満C型(筋肉量と体脂肪量のバランスが悪い)です。痩せている方は低体重のI型が多いですね。そして、最後に➃SMIを見てサルコペニアの評価を行います。測定結果はもちろんですが、個人的には測定時のInBodyに乗るときの動作も結構大事だと思っています。体重測定部は10cmほどの高さがありますが、その高さをスッと上がることができているか、支持台を持った状態なら乗れるのか、それとも横から支えてあげないと乗れないのかなど、動作1つでさえもその方の状態を知るためには大切な情報です。限られた時間で多いところだと30人近くの方を一気に測定しないといけないので、短時間でも情報は多い方がいいですね。」
▲ 測定風景とInBody470結果用紙
田村さん:
「市民の皆様の健康意識はもちろんですが、ヘルスリテラシーを高めることも重要だと思っています。最近はテレビで健康に関する話題がよく取り上げられていますが、それを見て自分の生活を改めようと思う人は少ないです。InBody測定によって、自分の状態が数値化され、それをもとに理学療法士が説明を行うことで健康問題は他人事ではなくなり、関心を持って行動力も高くなります。市役所の職員でも数値の説明はできますが、そこからどうやって生活を改善していくのか、何に気を付ければいいのかまでは説明できません。行政に理学療法士が関わるからこそInBodyをよく活用できていると思います。」
ヘルスリテラシーの高まりは参加者の質問内容から確認できます。最初は運動や食事内容についての簡単な質問ですが、時には理学療法士さえもビックリするような鋭い質問をされる方もいます。自分の健康状態と向き合うことが、健康への意識を高める何よりのきっかけである証拠と言えます。また、派遣されるリハビリ専門職は大井さんと岡本さんだけでなく、地域の病院や介護事業所の理学療法士、作業療法士にも活動をサポートしてもらい、一緒に集会所を訪問しています。他愛もない世間話から健康づくりに関する相談などを行っていく中で、理学療法士や作業療法士との関係を深めていきます。
大井さん:
「病院の理学療法士に対して、忙しいのではないかと質問や相談を遠慮する方も少なくないと思います。身近な地域でなんでも相談できる理学療法士や作業療法士がいることはとても心強いと言われます。てくてく体操の指導を行うときも、なるべく『先生』と『患者』といった固い関係になって壁を感じないよう、円になって体操をするなど、和気あいあいとできるよう意識しています。地元の集会所では、参加者が友人や近所の方も誘って一緒に参加できるため親しみやすく、皆さん下の名前で呼び合うほどコミュニティが出来上がっているので、閉じこもりの改善や『見守り』の強化という面での効果もとても大きいと思います。」
自主運動グループ参加者の声
▲ 「てくてく」「フレイルチェック」に関するアンケート調査票
2020年に参加者約1,000名のうち548名を対象にてくてく体操等の満足度アンケートを行いました。結果として、てくてく体操等の内容や理学療法士によるサポート、フレイルチェックについて、多くの参加者からとても満足しているとの回答が得られ、参加者の約85%にフレイルが周知できていることが分かりました。特にフレイル予防で大切な健康づくりへの意識について、参加者の90%以上が「高くなった」と答えています。てくてく体操等に参加して得られた効果として最も回答が多かったのが「友人や仲間が増えた(69.0%)」で、次に「元気が出た(49.5%)」「外出する機会が増えた(44.1%)」と続き、精神的な効果を感じた方がとても多く、参加者の社会参加を促せていることが確認できました。また、身体的な効果として、「歩いたり立ったりするのが楽になった(39.3%)」「膝や腰の痛みが減った(32.6%)」「躓きや転倒が減った(31.5%)」などの回答がありました。
田村さん:
「参加者への介入頻度はとても重要です。介入回数が少ないと健康への意識が低下し、運動を継続しなくなります。自主的に運動を行っているグループは紀の川市以外にも数多くありますが、介入回数が少ないとグループ自体が自然消滅してしまうといったことも聞いています。一方、介入頻度が多すぎると、参加者は理学療法士がいなければ体操活動ができなくなってしまうといった意見もあります。理学療法士の介入頻度について、回答者の82%が『ちょうどよい』と答えています。」
後編では介護予防事業について更に詳しくご紹介します。コロナ禍での活動の変化についても伺っています。