体水分均衡の特徴と重要性
日常的に体成分測定をされる方で、筋肉量と体脂肪量を確認している方は多いと思います。確かに両者は馴染みがあり、誰でも理解しやすい項目ですが、体成分測定で見逃してはいけない項目が他にもいくつかあります。その代表的な項目が体水分量や体水分均衡です。成人における体水分は体重の約6割を占める成分であり、健康状態を評価する上でとても大切です。体水分均衡は浮腫や痩せの指標としても活用されている項目です。今回は人体における体水分の役割とそのバランスの重要性についてお話します。
体水分率とは ?
体水分は体に存在する水成分(H₂O)を意味し、主な役割は酸素や栄養分を細胞に届け、老廃物を尿として排出することです。また、体温が上がったときは皮膚表面の血管に血液を集め、熱を逃がすための発汗を促すことで体温を一定に保ちます。
体重に対する体水分量の割合を体水分率と言います。年齢、性別、日々の運動量によって個人差はありますが、胎児では体重の約90%、新生児では約75%、子供では約70%、成人では約60~65%、高齢者では約50~55%が体水分で占められています。成長するに従って体水分の割合が減る理由は、水分を殆ど含まない体脂肪の割合が増えるためです。また、一般的に男性よりも女性の方が体脂肪量は多いので、男性の体水分の割合は女性より高いです。一方、体水分量は加齢に伴って減りますが、これは老化によって細胞内の水分が減少することが原因です。体水分率は水分摂取量、身体活動量、体調などで変動しますが、人体は常に一定の体水分量を保とうとするため、1日の水分摂取量と排出量はほぼ一致します。
体水分は筋肉の主な構成成分であり、体水分量が多い人は筋肉量も多いです。そのため、体水分率の増加=筋肉量の増加による体成分の改善と思われがちですが、浮腫みによっても体水分は増加するため、必ずしも体水分率の増加が健康の改善を意味するわけではありません。従って、現在の体水分状態が良好な傾向であるかどうかを判断するためには、体水分率ではなく体水分均衡を確認する必要があります。体水分均衡とは細胞内水分と細胞外水分のバランスを意味し、InBodyの細胞外水分比(ECW/TBW)という項目で確認できます。この指標が表していることや、水分バランスを整えることの重要性を理解するためには、まず細胞内・細胞外水分について知る必要があります。
※細胞外水分比は、InBody470/270以外の機種で測定できます。
水分バランスとは ?
体内の純粋な水成分である体水分(Total Body Water; TBW)は、細胞膜を隔てて細胞内水分と細胞外水分に分けることができます。
➤細胞内水分量(Intracellular Water; ICW)
ICWは細胞膜の内側に存在する水分であり、健康な人体におけるICWの割合はTBWの約62%です。ICWの主な役割は細胞膜の外側まで運ばれてきたエネルギー源を細胞小器官まで届けることです。
➤細胞外水分量(Extracellular Water; ECW)
ECWは細胞膜の外側に存在する水分であり、血液、間質液、細胞通過液、リンパ液などが該当します。健康な人体におけるECWの割合はTBWの約38%です。ECWの主な役割は細胞へ栄養素や酸素を運搬したり、細胞内の代謝過程でできた老廃物を細胞外に運び出したりすることです。
両者の間では常に水分・栄養・酸素などの行き来がされており、お互いの均衡を保とうと働いています。その均衡を表す指標が細胞外水分比(ECW/TBW)で、TBWに対してECWが占める割合を意味します。健康な人の水分バランスは常に細胞内水分と細胞外水分を62対38で維持するので、ECW/TBWは0.380前後が計測されます。この値は大量の水を摂取したからといって、大きく変動することはありませんが、何かしらの原因で水分バランスが崩れるとECW/TBWは標準よりも高くなります。
体水分の測定方法
体水分状態を確認する方法は2つあります。
➤重水と臭化ナトリウムによる希釈法
希釈法とは体水分中に自由に拡散する性質の成分を経口摂取し、一定時間後に採取した尿から摂取した成分の濃度を測定することで、体水分を算出する方法です。TBWを測定する際に用いられる成分は重水(D₂O)、ECWは臭化ナトリウム(NaBr)です。この希釈法はTBWやECWを最も正確に測定できる方法(ゴールドスタンダード)として認識されています。しかし、体内に存在しない成分を経口摂取するという侵襲的な方法は、時間と手間がかかり且つ専門的な知識・技術が必要なので、気軽に測定することは難しいです。
➤生体電気インピーダンス分析法(BIA法)
一方で、非侵襲的で気軽に測定できる方法としてBIA法があります。BIA法は、人体に微弱な電流を流し、その際に発生する抵抗値(インピーダンス)から体水分を測定します。直接部位別多周波数BIA法(DSM-BIA法)を用いるInBodyは、両腕・体幹・両脚ごとのICWとECWを測定することができるので、部位別に水分バランスを把握することができます。
※BIA法の詳しい測定原理については、「InBodyの技術」ページをご参照ください。
水分バランスが健康に及ぼす影響
水分バランスが崩れてECW/TBWが高くなる要因は大きく2つあり、それぞれが健康に及ぼす影響は次のようなことが挙げられます。
パターン①:細胞外水分量(ECW)が増えてECW/TBWが高くなる
➤炎症
怪我によって発赤したり、腫れて痛みを感じたりする現象を炎症と呼び、血管の拡張や血流の増加などの影響で炎症部位のECWが増加します。一過性の急性炎症は比較的早く回復するので、ECWの増加も一時的なものとして観察される反面、慢性炎症は細胞ストレスや機能不全によって引き起こされるので、ECWの増加が長期に渡って続きます。慢性炎症状態が長引くほど、肝疾患、心疾患、がんなどの深刻な病気に繋がる恐れがあります。
➤腎疾患
腎臓の主な役割は血液をろ過して体内で生成されるナトリウムなどの老廃物を取り除くことです。腎臓の機能が低下している人が塩分を多く含む食事を摂取すると、ろ過機能が低下した腎臓は老廃物を水分と一緒に排泄しきれなくなります。そして、排出されなかった老廃物と水分は体内に溜まり、浮腫みを発生させます。排出されずに溜まった水分はECWに該当するので、ECW/TBWは増加します。腎機能低下による浮腫みは体重の増加、血圧の上昇、心不全や脳卒中のような合併症リスクを増加させるなど、様々な健康問題を引き起こします。
➤肥満
肥満はECWも増加させます。内臓脂肪が増加すると血圧やECWに影響するホルモンの調節機構(RAA系)が活発になり、血圧は上昇してECWも増加してしまいます¹⁾。また、過剰な体脂肪は血管を圧迫して血流を悪くするので体内に余分な水分を溜めてしまいます。
パターン②:細胞内水分量(ICW)が減ってECW/TBWが高くなる
➤サルコペニア
体水分量は加齢に伴って減少する傾向があります。ECWとICWの両方が減少していきますが、ECWに比べてICWの減少率が大きいので、結果的にECW/TBWは高くなります。これは水分をたくさん保持している筋肉量が減少することに起因します。このような加齢による筋肉量や筋力の低下をサルコペニアと言い、様々な疾患のリスクや重症度を高める因子とされています。例えば、2型糖尿病は体脂肪量の増加だけが原因で発症すると認識されがちですが、実は筋肉量の減少に伴うインスリン抵抗性(糖を体に吸収するインスリン作用が十分に働かない状態)の増大でも発症リスクは高まります²⁾。また、動脈硬化(動脈が硬くなって血管の流れが悪くなる状態)は生活習慣病だけでなく、下半身における筋肉量の減少も要因の1つであることが明らかになっています³⁾。
※サルコペニアについては、トピック「サルコペニアの理解に必要なこと」もご参照ください。
これとは逆に、ICWが増加することでECW/TBWが標準より低くなることもあります。これは水分バランスが崩れているわけではなく、むしろ筋肉が引き締まっている状態を意味します。筋肉は筋肉細胞の数が増えたりICWの増加に伴って肥大したりすることで、筋繊維のサイズが大きくなり成長していきます。この筋肉とICWの関係性は研究でも明らかになっており⁴⁾、ECW/TBWは筋肉の質の指標としても使えることが分かります。例えば、筋肉量が比較的多い運動選手や若い男性のECW/TBWは標準値より低くなる傾向があります。
終わりに
適切な水分バランスを保つことは健康においてとても重要なことです。特に持病もなく、栄養バランスの良い食事と定期的な運動をしている人は水分バランスが崩れることは殆どありません。しかし、何かしらの原因でECWが過剰に増えたり、ICWが減少したりして水分不均衡が起こっている場合は、その原因によって対処法は変わってきますが、ECW/TBWをモニタリングしながら改善していく必要があります。
体水分均衡(ECW/TBW)は筋肉量や体脂肪量と同様に体成分を評価する上では欠かせない指標です。水分バランスの項目を提供する機種で測定された際は、ぜひこの項目も確認してみましょう。
参考文献
1. Christiane Rüster et al., The role of the renin-angiotensin-aldosterone system in obesity-related renal diseases. Semin Nephrol. 2013 Jan;33(1):44-53
2. Noboru Kurinami et al., Correlation of body muscle/fat ratio with insulin sensitivity using hyperinsulinemic-euglycemic clamp in treatment-naı¨ve type 2 diabetes mellitus. diabetes research and clinical practice 120 (2016)65–72
3. Yuji Tajiri et al., Reduction of skeletal muscle, especially in lower limbs in Japanese type 2 diabetic patients with insulin resistance and cardiovascular risk factors. Metabolic Syndrome and Related Disorders 2010 Apr;8(2):137-42
4. Alex S Ribeiro et al., Resistance training promotes increase in intracellular hydration in men and women. Eur J Sport Sci. 2014;14(6):578-85