井谷俊介選手 × アローズラボ守山小幡校
-パラアスリートのBWA活用法-

機種モデル:InBody BWA

パラ陸上競技の短距離種目(100m・200m)を専門とする井谷 俊介選手は、愛知県を拠点に活動するトップパラアスリートです。T64(片側の下腿切断で競技に義足を使用する)競技クラスの100m日本記録は井谷選手が保持しており、2023年4月に愛知県で開催されたパラ陸上競技フェスティバルでは11秒29のタイムで自身の持つ100m日本記録を更新しています。また、2023年の2月にアラブ首長国連邦で行われたDubai 2023 World Para Athletics Grand Prixでは銅メダル(100m)と銀メダル(200m)を獲得しました。

▲ 井谷 俊介選手

井谷選手:
「元々スポーツが好きで、小中高では剣道・レーシングカート・ソフトボール・野球をしていました。大学ではモータースポーツに打ち込みましたがレーサーを続けるためにはお金が必要で、アルバイトを3つ掛け持ちしていました。それでもお金が足らず、毎月の給料を前借りして走るほどでした。カートレースに出るため・練習を続けるためのお金を稼ぐことばかりに時間を取られた結果、逆に練習時間を確保できず、このままでは勝つのが難しいと感じていました。そんな中、アルバイトからバイクで帰る途中に事故に遭い、右脚を膝下から切断することになりました。

事故直後は一時意識不明の重体で、目覚めた時には右足首が開放粉砕骨折と診断され感覚がなくなっている状態でした。事故の10日後に右膝下を切断し、精神的なショックと傷の痛みで家族や友人とも一言も話せない状態でした。入院中はたくさんの人がお見舞いに来てくれましたが、切断された脚を見て泣いてしまう友人もいて、自分がみんなの元気を奪っていると更に心が苦しくなったことを覚えています。そばにいてくれた母の顔からも笑顔が消え、そんな姿を見ているうちにどうすればいいんだろうと考えるようになりました。

そこで、何かにチャレンジする姿を周りの人達へ見せることができれば、笑顔を取り戻すことができるのではと考えました。義足をつければ歩けるようにもなるし、大好きなスポーツも続けられます。まずはくよくよ落ち込むのをやめました。入院中のまだ義足も履いていない時期でしたが、YouTubeでパラリンピックの100m競技の決勝レースを見て、”走りたいな” という気持ちが芽生えました。義足選手に純粋な憧れを持ちました。この頃は、ただ “カッコイイな” と思うだけの遠い世界でした。

事故から1ヶ月半が経過して義足が完成しリハビリができるようになり、歩けるようになるということに期待と喜びを感じました。しかし、リハビリは想像以上に辛く 『一歩踏み出すことさえもこんなに難しいのか』 と諦めそうになることもありました。医師からは歩くまで半年、走れるようになるまでは1年かかると言われましたが、周りの人の支えもあってリハビリを頑張ることができ、2週間で歩けるようになりました。小さい頃から様々なスポーツに触れ、元々体力には自信があったことも要因だと思います。」

義足になって3ヶ月経った頃、井谷選手は義足で生活する上での工夫や知識を教えてもらおうと、三重県にある義足の方が集まるコミュニティに参加しました。

▲ 義足コミュニティに参加した際の、井谷選手の様子

井谷選手:
「当時、僕はまだどこか暗くネガティブで落ち込んでいるような雰囲気があり、障がい者はそういうものだろう、他の人も同じだと思っていました。しかし、コミュニティに参加してみると全くそんなことはなく、義足の子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、笑顔で走っている姿を目の当たりにしました。退院してからは義足を履いて歩くことはできていましたが、走ることは全くできていない時期で、走りたいなという気持ちが大きくなった瞬間でもありました。

この時にジョギング用の板を借りて走ることができたのですが、自分の脚で走ることがこんなにも気持ち良いのかと、ただ走っただけですごく幸せを感じ、笑顔になれました。一緒に来てくれた母も笑顔になり、走った映像を友人に見せるとみんな喜んでくれました。『走っただけでこんなに喜んでくれるのだったら、パラリンピックに出られたらもっと喜んでくれるのだろうな。母に関しては、息子が障がい者になったということに引け目を感じたり、友人に関しては自分が義足であるからということで気を遣わせてしまったりする部分もある中で、もし自分がパラリンピックに出場できたら、みんなが胸を張って誇れるような息子に、友人になれるのでは…。』 と考えました。陸上競技への夢が自分の中で芽生えた瞬間でした。」

しかし、当時は陸上競技で使用する義足が大変高価で、パラ陸上競技の指導者もいない、パラアスリートが練習できる場所もないという問題があり、依然としてカートレース中心の生活でした。その中でレース界のレジェンドである脇阪寿一選手と出会い、井谷選手の 『パラ陸上競技に挑戦してみたい』 という夢を応援してくれたことで、事故から2年が経過した2018年から本格的に陸上競技にチャレンジできるようになりました。

2018年5月、初めて出場したWorld Para Athletics(WPA)北京グランプリでは100m競技で優勝。2019年のWPAパリグランプリでは100m競技で11秒47のアジア新記録を樹立。世界パラ陸上選手権では100m競技で日本人初の決勝進出。今年の国内大会では自己記録(日本記録)を更新し、世界大会でもメダル獲得するなど、瞬く間に日本を代表するトップパラアスリートに成長しました。


InBodyとの出会い

▲ アローズジム内でのBWA測定風景

パラアスリートの多くがコンディショニングで使える指標となると、体重のみに限られます。井谷選手の場合、オーバートレーニングや疲労、食事摂取量不足などで体重が減ってしまうため、毎朝の体重測定が欠かせません。

井谷選手:
「本当は体重が1kg減少した時、筋肉量が落ちてきているのか、体脂肪量を減らせているのか、どの成分がどの割合で減っているのか分かることが理想ですが、義足になってからは体成分を測定することは諦めていました。もし体脂肪量が1kg減っているのであれば、体重が1kg減ったとしてもそこまで焦ることもなく、コンディショニングもやりやすくなるだろうなと思います。体重は数値で出てきますが筋肉と体脂肪の内訳が分からないので、筋肉量が付いたかどうかや体脂肪量の増減の確認は鏡で見て判断するしかありません。陸上競技の選手は自分の体を常に観察して管理しなければなりませんが、自分の主観や感覚的なものに頼ってしまうと、正解の方向に進みにくいと思います。

そんな中、アローズラボの方と出会ってスポーツドックを受けた時、庄島さんとInBody470を測定しました。切断肢は足電極に触れることができないため、測定エラーとなりました。脚を切断してから一度も体成分を測ったことがなく、どうしても自分の体脂肪率を知りたかったので、どうにか自分でも体成分を測定する方法はないかと庄島さんに相談したところ、InBody BWAを測定する機会を設けていただきました。」

※スポーツドックの内容はこちらの記事をご参照ください。

▲ 左から庄島 裕貴さん、井谷 俊介選手 (測定結果フィードバックの様子)

アローズラボ 庄島さん:
「以前よりは障がい者の体だから、健常者の体だから、といった区別はなくなってきていると思いますが、パラアスリートが使える計測機器や受け入れ可能な施設はまだまだ限られています。なんとかして井谷選手の願いを叶えてあげたくて、インボディの毛受さんに四肢欠損でも体成分を測定できる方法がないかを相談しました。すると、病院などでも使用されているInBody BWAを紹介してくれました。私自身パラアスリート支援については井谷選手が初めてで、これから手探りの部分もあります。」

井谷選手:
「自分自身の筋肉量や体脂肪率が、どれだけあるのかまったく分からないまま競技生活を送っていたので、義足になってから初めて自分の体成分を数値化して見られた時は 『やっと見ることができた!』 とすごく嬉しかったです。自分が思っていたよりも、筋肉量が体重に対してこんなにもあり、体脂肪率も低いんだなと驚きました。自分の思っていた感覚とはまったく違いました。」


InBody BWA切断部位選択の活用方法

InBody BWAは、必要に応じて測定時に持病・麻痺部位・切断有無などの設定を行えます。切断有無の項目で「切断部位あり」を選択すると、インピーダンス情報から切断部位が自動で感知され、部位別情報の結果項目において切断部位の体成分を0と提示します。一方、全身の体成分結果では、切断肢のインピーダンスと健側のインピーダンスの差から切断によって軽くなった重さを推定して、切断肢の推定値を含んだ値を提示します。

インピーダンスは伝導体の長さに影響を受けますが、切断などの理由で測定距離が短くなるとインピーダンスは大幅に減少します。インピーダンスが減少することは体水分量(筋肉量)の増加と解釈されます。その結果、従来のBIA機器で測定を行うと切断肢の筋肉量が異常に多く算出されるだけでなく、切断肢の長さによっては、切断肢以外の部位別情報や全身の体成分結果の精度が落ちてしまう問題がありました。InBody BWAはインピーダンスを部位別で単独に測定できるインボディの技術を応用し、これらの課題を克服しました。

▲ 井谷選手の測定結果

①右脚を切断しているため、右脚の筋肉量・ECW/TBW・体脂肪量・水分量が0で表示されている。四肢の筋肉量合計を身長(m)の二乗で割って算出する骨格筋指数も0で表示される。

②右脚筋肉量は0.00kgと表示されているが全身筋肉量には切断肢の推定値が含まれるため、全身筋肉量-(右腕筋肉量+左腕筋肉量+体幹筋肉量+左脚筋肉量) で算出された数値を右脚の残った部位と頭部筋肉量の合計として、増減モニタリングが可能。

井谷選手の例:
63.5-(4.18+4.10+31.0+11.03)=13.19kg・・・右脚+頭部筋肉量の推定値

③ECW/TBWは筋肉の質を表しており、筋肉量と一緒に確認すべき項目の一つ。起床から時間が経つと、座位や立位姿勢によって体水分が下半身に移動するため、一般的には上半身より下半身のECW/TBWが高い傾向にあるが、井谷選手は下半身のECW/TBWが低く計測されている。これは陸上競技などの下半身をよく使うスポーツに見られる特性で、井谷選手も下半身が特に引き締まった筋肉であるということが分かる。


InBody部位別筋肉量の活用

陸上競技は切断肢で残っている部分の長さや筋肉量も競技パフォーマンスに直結します。そのため、パラ競技は公平性を保つために細かいクラス分け図1,2が設定されています。陸上の短距離競技の場合、膝下切断か膝上切断かだけでもタイムは1秒変わります。”走る” という動きでは脚が重要なことは勿論、競技では腕も重要です。腕切断の選手と脚切断の選手では同じ100m競技でも勝負の世界が変わってきます。

▲ 図1.陸上競技クラス分け表示方法
▲ 図2.下肢切断(競技用義足使用)選手のクラス分けイメージ

井谷選手:
「右脚が義足のため、普段の生活では左脚が軸になって、どうしても右ももの筋肉量が低下してしまう問題があります。義足をしっかりとコントロールするためには右ももの筋力を鍛えて左右の筋力差を減らすこと、なるべく右脚の筋肉量を落とさないことが重要です。

健常者の方であれば、家庭用体組成計などでも自宅で簡単に体脂肪率などを測ることができるので、そこまでBWAの魅力を感じないかもしれません。しかし、普段計測ができない僕たちにとっては、”計測できる” というだけですごく大きなメリットです。データとして自分自身の体を見ることができる、日々の変化を数値で見られるということがとても嬉しいです。」


最後に

井谷選手:
「初めてBWAを測定した時は、時期的に体を絞り切れていないタイミングでしたが、思っていた以上に体脂肪量・体脂肪率が低くて驚きました。これから体を絞っていくので、体が仕上がってから測定すると体脂肪はもう少し低く出るのかなと想像していますが、海外の選手を見ると明らかに体が違うので、もっと体脂肪を絞っていかなければならないと思います。

今後はInBody測定を継続することで、シーズン中・シーズンオフの間・調子が良い時・疲労度合いなどでどのように体に変化があるのか、トレーニングや食生活を変えた時にどういう変化が起きているのかを数値化して見ていきたいと思います。その時のコンディションによって表れる結果の特徴から、怪我予防を目的とした活用もできるようになると思います。よく、アスリートや競技別で基準となる筋肉量や体脂肪率の指標を耳にしますが、パラアスリートにおける基準や一般的な指標は無いに等しいです。自分の中で何が正しいのか、何がベストなパフォーマンスに最も近い状態なのか、見つけたいと思います。」

アローズラボ 庄島さん:
「『自分の体力や体成分を知りたいけれど、使える計測機器や施設がない』 と、パラアスリートの感じる不自由な部分に対して、私の活動が少しでも改善できる一つのきっかけになってくれたら嬉しいです。まだ、全国のアローズラボでパラアスリートの受け入れはできていませんが、InBody BWAは四肢を欠損した人でも体成分を測定できるので、将来的にはパラアスリートに限らず車椅子の患者さんや義足の子ども達にも自由に使うことができるような方向性に持っていくことができればと思います。」

▲ Dubai 2023 World Para Athletics Grand Prix レースシーン

井谷選手:
「競技面としては、アジア大会での金メダル獲得、2024年パリパラリンピックに日本代表として出場してメダル争いに食い込めるような選手を目指しています。僕の走りを見て、同じように脚を失った人達が、”義足で走ってみたい” “運動してみたい” と思ってくれたら嬉しいです。障がい者だけでなく悩みを持つ多くの人達が、僕だけでなく、日々挑戦するパラアスリート達の姿を見て刺激を受けたり、一歩前に進むきっかけになったりすれば良いなと思います。

パラ陸上はまだまだ盛り上がりに欠けるので、イベントでの周知活動などにも力を入れて、国内での認知を高めていきたいです。パラ陸上がスポーツとしておもしろいと思ってもらえるように活動していきたいと思います。最後に、僕のような義足でも体成分を測定できる機器を開発してくれたインボディさんと、困って諦めていた時に手を差し伸べてくれたアローズラボの庄島さんに本当に感謝しています。ありがとうございました。」

アローズラボの記事はこちらよりご覧ください。本格的なトレーニングマシンや測定機器にて計測を行う「スポーツ版人間ドック」の評価の一つとしてInBodyを活用しています。