順天堂大学
-ロコモプロジェクトから”筋活”を啓発-

✓InBodyを活用する目的
● ロコモティブシンドローム予防のための運動プログラムの効果を評価するため
● 測定データを用いて研究を行うため

✓得られた効果
● プログラム参加者の主観的な評価に加え、実際の体成分の変化で客観的に効果を評価できるようになった
● 運動プログラムを行った60~70代を中心とする参加者達が12週間筋肉量を維持できていることが分かった

機種モデル:InBody730

順天堂大学は現在、ロコモティブシンドローム(運動器症候群; 以下ロコモ)を予防・改善するための研究開発に取り組んでいます。ロコモとは骨、関節、筋肉など運動器の衰えが原因で、「立つ」「歩く」といった移動機能が低下している状態のことを指します。この研究開発はセンター・オブ・イノベーション(Center of Innovation; 以下COI)プログラムの中で、立命館大学および順天堂大学が進めている「運動の生活カルチャー化により活力ある未来をつくるアクティブ・フォー・オール拠点」プロジェクトの一つです。順天堂大学は2014年から本格的に参画し、ロコモの発症予防と進展予防の2つを事業化する取り組みを始めました。
※COIプログラム: 10年後の目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型のチャレンジ・ハイリスクな研究開発を最長9年間支援することを目的に、文部科学省が2013年から開始


研究者としての道のり


▲ 沢田 秀司先生

COIプロジェクト室の博士研究員である沢田 秀司先生は、早稲田大学大学院先進理工学研究科で博士(生命科学)の学位を取得しています。本プロジェクトには2017年5月から参加し、主にロコモ予防に適した運動プログラムの開発に従事してきました。また、健康運動指導士や日本陸上競技連盟公認ジュニアコーチ(日本スポーツ協会公認陸上競技コーチ1)の立場として、医療機関や民間企業、学校などでも運動・トレーニングプログラムの作成や運動指導を行ってきました。

「中学生の頃から陸上競技に携わっており、トレーニングを通して人として成長できることを経験してきました。大学院修了後は、患者さんの状態の改善に直接関わることができる医療現場での仕事を経験したいと考え、民間の医療機関に就職しました。大学や大学院では疫学研究や基礎研究を経験してきたので、今後応用研究に取り組むためには現場で経験を積むことも必要であると考えたのもあります。しかし、就職後も学会活動を続けていましたが、民間の医療機関に勤めながら研究活動を継続することはとても大変だと感じていました。その頃に参加した学会で、学生時代に面識のあった順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の町田 修一教授と再会し、COIプロジェクトでの取組内容を紹介していただきました。非常に関心のある内容であり、やはり研究を続けたいという思いが根底にあったため、研究活動に専念できる環境は魅力的に思いました。その後、研究員募集の縁にも恵まれ、博士研究員として採用していただける運びとなりました。これまで周りの先生方に研究者として育ててもらったからこそできる仕事をしたいと考えており、影響力のあるアカデミックの立場から情報を発信できることは、自分の使命を果たすことに繋がるのではないかと考えています。」


手探りの状態で始まった運動プログラムの開発


▲「ロコモ度テスト」ツールである、2ステップテスト用マットと立ち上がりテスト用ボックス

ロコモ予防の運動プログラム開発は2014年から進められてきましたが、当時はロコモ予防に効果的な運動について、具体的なプログラムは確立されていませんでした。従って、様々な試行錯誤を重ねながら、効果的な運動の内容に関する検討が行われ、沢田先生が博士研究員として着任された2017年には、運動プログラムの骨組みはある程度定まっていました。その後は、プログラムの有用性を更に検討することを目的に、行政機関などとも連携し、運動教室を開催してきました。そのようにして確立されたのが、“ロコモ予防運動プログラム”です。このプログラムは、自体重やゴムチューブを用いて行う筋力トレーニングを中心とし、漸増的に運動負荷を上げていく12週間の運動プログラムとなっています。最初は4種類のトレーニングから開始し、ゆとりのあるセット数や休憩時間を設けていますが、徐々にトレーニングの種類やセット数を増やし、最終的には9種類のトレーニングを15回×3セット行います。

また、運動の効果を評価するために、筋力や身体機能、ロコモ度、体成分などの評価を目的とする体力測定も行っており、その評価にInBodyも活用しています。こうした体力測定は、運動教室の卒業生や地域在住の一般の方などを対象として現在も定期的に開催しており、これまでに1,000人以上のデータが蓄積されています。参加者には体力測定の実施後に、大学独自で作成したフィードバックレポートを渡しています。

▲ 順天堂大学オリジナルのフィードバックレポート


運動プログラムの評価指標

「InBody730の結果は情報量が多く、短時間で全ての項目を参加者に伝えきれないので、一般的に馴染みのある体重や筋肉量、体脂肪率の数値だけをピックアップしています。勿論、研究においては部位別筋肉量やSMI、細胞内外水分量なども活用し、解析しています。」

▲ Asian Working Group for Sarcopenia(AWGS, 2019)によるサルコペニア診断基準のSMIカットオフ値は、男性: 7.0kg/m²、女性: 5.7kg/m²で、サルコペニア(筋肉減少症)の評価指数としてよく活用される

「12週間の運動プログラムに参加していただいたことで、30秒椅子立ち上がりテストや大腿四頭筋の筋厚がそれぞれ約10%改善するなど、身体機能や体成分に効果が表れることを確認してきました。こうした客観的なデータで示される結果に加え、参加者からは『前より身体が動くようになり、生活しやすくなった』など主観的な好評をいただいています。一方、InBodyで評価する筋肉量は殆ど変わらない事例が多いですが、60~70代を中心とする参加者達が12週間筋肉量を維持できていること自体が良い結果であるため、体成分においても良い影響を及ぼしていると言えます。運動の成果や継続の必要性を把握する上で、体成分の評価はとても重要だと考えています。今後は筋肉量の補正方法や測定によって得られるデータの解析方法を工夫するなど、最適な評価指標を確立し、体成分の変化についてより詳細に確認したいと思っています。」

※履歴グラフは取材を基に再現したイメージグラフです。

▲ 筋肉量は50代前後から加齢に伴って減少傾向にあるが、12週間の運動教室は60~70代を中心とする参加者の筋肉量を維持させる。
※参照した統計調査は「Age-dependent changes in skeletal muscle mass and visceral fat area in Japanese adults from 40 to 79 years-of-age」

「秋頃に始めて冬に終了するという形で運動教室を実施することが多いですが、その場合はInBody測定時の気温によって水分均衡が影響を受け、筋肉量に変化を与えてしまう可能性もあります。コントロール群を設けて比較するなどし、気温の影響を排除することも視野に入れる必要があると考えています。」

▲ 筋肉量は化学的に体水分とタンパク質の融合体であるので、体水分量の減少は筋肉量の減少に繋がる

12週間の運動教室は参加者から好評だったため、千葉県印西市にある順天堂大学さくらキャンパス周辺の印西市・酒々井町・富里市・成田市などの市町村と連携し、行政との連携事業としても開催されるようになりました。その他にも、神奈川県にある介護サービス付き高齢者向け住宅でも監修した運動教室が開催されるようになるなど、様々なところで高齢者の方が体を動かすことに興味・関心を持つきっかけを提供しています。


ロコモ予防事業の成果

ロコモ予防事業は、運動機能の改善を図る運動プログラムの開発だけでなく、一例としてロコモの評価や運動誘導に関するアプリ開発にも携わっています。

➤ ロコモニタープラス (iOS専用)
日本整形外科学会が提唱する3つのロコモ度テスト(ロコモ25、2ステップテスト、立ち上がりテスト)をアプリ上で簡単に実施することができ、1日の歩数や座っている時間などの活動データを24時間自動で測定・モニタリングすることも可能です。また、これらのデータを分析し、個人に最適な健康改善プログラムを提案するだけでなく、生活アドバイスや腰痛・膝痛の予防に関するコンテンツまで、幅広い内容を提供します。このアプリは順天堂大学が弘前大学・立命館大学・筑波大学・京都大学と共同開発し、2018年に正式リリースされました。

➤ Biosignal Art (2020年8月28日現在、PCおよびAndroidのChrome専用)
トレーニングをより正しくより楽しく実施し、コロナ禍の中でも健康を維持してほしいという思いから、順天堂大学(運動監修)・立命館大学(運動解析技術開発)・東京藝術大学(音楽監修)が共同開発したウェブアプリです。カメラで使用者のトレーニング動作をチェックし、正しい動作をしたときと間違った動作をしたときの違いが音楽で表現されるような仕組みとなっているため、改善点に気づき易く、適切な動作で運動を行うサポートをしてくれます。

他にも、2020年度には「筋肉量や筋力を向上させるための活動=”筋活”」の重要性や具体的な取り組みに関する情報を発信するため、『順大さくら“筋活”講座』のホームページを開設し、オンライン公開講座も開始しました。


▲ 運動教室の参加者に超高齢社会における様々な健康問題を説明中

「特に今年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行したために、外出の自粛が多くなることで運動不足の状態が続き、ロコモに陥る方が増えてしまうと想定されます。それを予防するため、我々が開発してきた運動プログラムの映像とガイドブックを公開しており、ホームページで無料の会員登録をすれば誰でも利用することができます。これまでは対面式の教室を通して運動指導をしてきましたが、1つの教室で対応できる人数には制限がありました。しかし、この機会にオンラインでの運動指導法が確立できれば、色々な地域に我々の運動プログラムの裾野を広め、より多くの方々に運動の機会を提供することができます。将来的には、健康運動指導士などの運動指導者の方々にも、このプログラムを活用していただけたらと考えています。」


ロコモ予防に留まらない “筋活”

ロコモ予防において重要なことは、運動不足が自分の体に及ぼしてしまう悪影響を理解することです。

「運動はすぐに効果を実感できるわけではなく、また運動不足の影響もすぐに体に現れるわけではありません。時間をかけて徐々に変化するため、長期間運動しない状態が続いてしまうと、気付かない内に身体機能が落ち、ロコモに陥ってしまいます。このような運動不足をどうしたら防げるのかを考えたとき、運動することの重要性と必要性を理解してもらうまで、根気よくサポートすることが大切だと思いました。また、ロコモは若い世代も軽視できる問題ではなく、若い頃から体を動かさない状態が続くと、高齢期よりも前の段階でロコモになってしまいます。 “勉強や仕事ができても、体を思うように動かせないと健康も保てず、興味のあることにも挑戦できない人生になってしまう” ということを、若い世代にも伝えたいです。そして、この運動不足の解消は、何歳であっても手遅れということはありません。運動や筋力トレーニングも勉強と同じで、今からでも始めれば、現状より改善することができます。そうした努力がもたらす成果に気付き、運動を生活の一部として認識してもらえるよう、ロコモ予防の事業に全力を尽くしていきたいです。また、これまでCOIプロジェクトではロコモに焦点を当てていましたが、今後はより広い定義で “筋活” の重要性を伝えていく必要があると考えています。」

沢田先生は、運動が健康に必要であると理解しているからこそ、また身体機能を高めることの重要性を理解しているからこそ、2009年11月3日に「1日最低5kmは走る」という目標を掲げ、今日に至るまで3952日間、1日も欠かすことなく継続しています(2020年8月28日現在)。

「運動が体に作用するメカニズムは未だ明確になっていない部分が多いため、今後も研究者の立場として、解明に向けて貢献していきたいと考えています。また、運動指導者の立場としては、運動に対して興味・関心を持つ人を増やしていきたいと考えています。残念ながら、運動する上での目標を掲げたとしても、それに向かって適切な運動を継続できている人は少ないのが現状です。こうした問題を解決するためにも、エビデンスに基づいた情報を発信し続けていきたいです。」