近畿大学 農学部
-管理栄養士の基礎を作る栄養サポート実習-
✓InBodyを活用する目的
● 学生アスリートの栄養サポートに繋げるため
● 管理栄養士の養成課程の中で体成分を分析・マネジメントするスキルを身に付けるため
✓InBody430・470導入の決め手
● 身体の細かい部分まで数値で把握できる点
● 持ち運びがしやすく簡便に測定ができる点
✓得られた効果
● 部員たちへ声掛けする大きなきっかけになり、コミュニケーションツールとして役に立った
● クラウド管理サービス 「LookinBody Web」により、測定データをどこからでも確認できるため、遠隔地でも栄養サポートができ、相手に安心感を与えることができた
機種モデル:InBody430
近畿大学は1943年に大阪府で設立された私立大学です。世界初となるマグロの完全養殖や全国初の出願完全インターネット化(近大エコ出願)などで注目を集め、2014年には一般入試志願者数が首都圏以外の大学で初めて日本一となったことでも知られています。現在15ある学部のうち、農学部は1958年に設置され、既に60年以上の歴史があります。
学生アスリートへの栄養サポート
▲ 明神 千穂先生(写真右)
農学部食品栄養学科の明神 千穂(みょうじん ちほ)先生は管理栄養士を目指す学生指導の一環として、学生アスリートを対象にInBody430を用いた栄養サポートに取り組んでいます。明神先生は京都女子大学卒業後、一般企業で管理栄養士の資格を活かした商品企画などに取り組みながら奈良女子大学で博士課程を修め、現職に至ります。
明神先生:
「元々、学内のアンチエイジングセンターに導入されていたInBody720を使用していました。学内の健康増進プロジェクトに参加した際に初めて自分の身体を測定してもらい、身体の細部まで分かる面白い測定機器だと思いました。」
当時のアメリカンフットボール部(以下アメフト部)の監督から、選手の栄養サポートをしてほしいとの依頼があり、学生アスリートへの栄養サポートを始めました。明神先生の前任の先生が練習後に学食で提供される食事の献立作成を行っていた縁もあって、より踏み込んだサポートを望まれました。当時、明神先生はスポーツ栄養の経験がなく手探りの状態でしたが、試行錯誤しながらアセスメントとして、食事調査・体成分測定・パフォーマンス調査などを行っていました。また体成分測定はInBody720を借りて使用しながら、栄養サポートを行っていました。その後持ち運びができて簡便に測定できるInBodyで運用や研究の幅を広げたいという希望から、2015年に学内助成金でInBody430を導入することとなりました。
食品栄養学科にはスポーツ栄養に興味がある学生が多く、実習という形で学びの場を作る観点から、明神先生の栄養教育学研究室の4年生がアメフト部をはじめとした学生アスリートの栄養サポートを行います。現在は主に硬式野球部と女子柔道部、そして附属高校のラグビー部・アメフト部とも関わりを持つようになっています。
明神先生:
「私が直接学生アスリートの栄養サポートを行うのではなく、あくまで私が指導している学生を通して選手に対して栄養サポートを行う形を取っています。その理由としては、学生生活の最後の1年間でできるだけたくさんの経験を積んでほしいという想いがあるからです。私自身公認スポーツ栄養士の資格を持っており、資格を取るために直接選手に対して栄養指導を行ってきました。そこで得た知識と経験をゼミ生に伝え、それをもとに私の監修の元ですが、学生が同年代の選手へ栄養サポートを行い、卒業後にも活きる、知識やコミュニケーション能力を高めてほしいと思っています。」
明神先生のゼミ生は、卒業研究として学生アスリート4-5名を受け持って栄養サポートに取り組みます。そして、自分が栄養サポートで携わった選手へのサポート内容や体成分の変化などをまとめて12月に卒業発表を行います。データをまとめる時間も必要なので、栄養サポートの多くは4月~10月頃まで行います。大学を卒業した後も食品栄養学科の助手として勤務しながら、継続して栄養サポートの研究を行っている卒業生もいます。
明神先生:
「栄養サポートは監督・コーチから依頼のあった選手を対象としています。アメフト部はほとんど増量を目的とした栄養サポートの依頼が多いです。硬式野球部は当初、増量させたい選手の栄養サポートの依頼をいただいていましたが、現在は卒業後にプロや社会人で活躍することを目指している選手の、パフォーマンスの向上を目的とした依頼が多いですね。」
同じ部内でも選手の意識の高さによって介入方法を変えていきます。意識の高い選手は少し教えるだけで自ら考えて行動できますが、意識が低い選手は、まずは個人面談を行い、自分自身の食生活について良いところや改善したところを気づいてもらう、自分の身体の中身を知ってもらうところから始めます。意識の低い選手からすると、『栄養サポート=面倒くさい』と捉えられることもあります。食事内容を毎食記録したり、食事にひと手間加えなければならなかったりと本人の努力が必要な分、変化や結果が出ないとやる気は失われていきます。
明神先生ご自身は数多くの栄養サポートの経験があるので、必要に応じて選手とコミュニケーションを取ったり、選手がやる気を出せるように声掛けをしたりすることができます。しかし、ゼミ生はまだそのノウハウがなく、同世代の気恥ずかしさもあるせいか、選手とコミュニケーションを取るところから苦戦することも少なくありません。その結果、栄養サポートの効果がなかなか現れないというジレンマもあります。それもまた全て大事な経験となります。
▲ 栄養サポート風景
明神先生:
「食品栄養学科の学生は栄養マネジメントやサポートなどの理論はこれまで机の上で勉強してきたと思いますが、いざ学んだことを実践しようとすると、相手とのコミュニケーションの取り方や栄養以外の日常生活面などにも目を向けることが必要になってきます。それらを含めて栄養サポートなので、卒業前にこのような経験ができた学生は習熟度がとても高くなっていると感じます。学生の活動を見ていると『こうやって声を掛けてあげたらいいのに…』『もっとここを変えたらいいのに…』と思うことも少なくありません。しかし、これから社会に出て管理栄養士として働く際、相手とのコミュニケーションの取り方や声の掛け方はとても大事なので、自分で考えて工夫してほしいと思いながら見守っています。高校まで野球部だったゼミ生が、サポートする硬式野球部の練習に自ら参加してみたり、練習中の水出しなどマネージャーの仕事を手伝ったりするなど、実際にその環境に飛び込むことでチームに溶け込む工夫をする学生もいました。」
昔、近畿大学のアメフト部では試合までにここまで体重を増やさないと試合に出ることができないという基準がありました。しかし、期限までに体重増加が図れず、脂質の多い食事を暴食していたり、InBody測定の直前に水をたくさん飲んだりする選手もいました。その時にまずは頭ごなしに叱るのではなく、「体質的に体重がなかなか増えにくくて困ってるんだね。」「胃腸の調子はどう?」「どんなタイミングで何を食べるの?」などと声を掛けることができるかどうかで、選手との信頼関係が築けるかが変わってきます。
明神先生:
「InBody測定を行うと、出てくる結果に対してみんな一喜一憂します。そして、その結果があることで『筋肉量が前回より増えているね』『でも、体脂肪量もちょっと増えちゃったね』と話し掛けるきっかけが生まれます。最初は何もない中、どうやって選手に声を掛けたら良いか分からない学生たちからすると、InBody測定は声掛けのきっかけをくれるアイテムでもあります。もちろん、栄養サポートを行うための測定ですが、それ以上にコミュニケーションツールとしての役割が大きいと思います。」
測定データの活用方法
▲ InBody測定データの共有方法
InBody測定データの共有方法は様々です。女子柔道部はInBodyを貸出して、1週間の間に選手が予定を組んで、早朝練習前の一定時間に測定し、その結果用紙のコピーが明神先生とゼミ生の元に届きます。硬式野球部の場合、トレーナーが測定の度に学生寮から車で15分ほどある農学部キャンパスまでInBody430を取りに来て、測定後に本体から出力したCSVデータを受け取る形で測定結果が共有されていました。現在、硬式野球部は学生寮内にInBody470を所有しており、クラウドで測定データの管理ができるLookinBody Web(以下LBWeb)を導入しています。明神先生はLBWebに接続できるアカウントを1つ持っており、今では時間や場所を選ばずに硬式野球部の測定データをいつでも確認することができます。
※同大学硬式野球部の活用事例はこちらからご覧ください。
明神先生:
「測定データをどこからでも見られると、遠隔地でも栄養サポートができるようになるのでとても便利だと思います。離れていても、ちゃんと見てくれているんだという安心感も相手に与えられると思います。一方で、紙の結果用紙を見ながら直接コミュニケーションを取れる機会が減ることは少し残念にも思います。」
測定結果では主にフィットネススコア(InBody点数)・骨格筋量・体脂肪率、骨格筋や体脂肪のバランスを確認します。硬式野球部は栄養士が監修して栄養バランスが整った3食を提供してくれる食堂が寮内にあり、ゼミ生は得られた測定データから主に間食面でのアドバイスを行います。
明神先生:
「普段の食事の調査とInBodyの測定データ、そして食や栄養に関する知識・行動の質問紙調査等が揃ったら、まずは集団に対して、最初に1日3食きっちり残さず食べることの大切さを説明します。意外と3食全て完食していない選手や、学生アスリートなのに朝食を食べない選手が多いためです。そして3食残さず食べている前提で、足りない栄養分を補うための間食を勧めます。間食は選手個人で用意するため、この栄養素がこれくらい足りていないだとか、どういった食品をどのタイミングでどれくらいの量を食べてほしいかなどを細かく説明します。そして、目標とする体成分が達成できているかInBodyのデータで確認し、ゼミ生はサポートしている選手とInBodyの結果を見ながら週に2回ほど対面で、コロナ禍はオンラインで面談します。何か修正が必要になったとき身体はすぐには変わってくれないので、間隔を空けず密に連絡を取ります。」
▲ 硬式野球部寮の食堂前に設置されている、明神先生のゼミ生が作成した掲示物
コロナ前は調理実習を行って、タンパク質含有量をアップさせたパンやマグカップで作るプリンなどの間食を一緒に作ることで食事への関心を高める取り組みも開催されていました。栄養教育は1回きりでは定着しないため、普段の会話だけでなく調理実習やポスターの掲示など手法を変えて継続的に行うことが大切です。繰り返し行うとチーム全体で栄養への関心が高まり、最終的に栄養士がいなくても自分たちで栄養管理ができるようになります。現在、アメフト部の栄養サポートは休止していますが、その理由は、チーム全体の習熟度は高く、ポジション別のリーダーが後輩たちの食事を確認して栄養バランスが悪いことなどを指摘できるようにまで到達したことによります。
▲ 入学時から体脂肪量を過剰に増やすことなく、2年半で体重を約9kg増やすことに成功したアメフト部の選手の例
明神先生:
「InBody測定を栄養サポートに組み込むことで選手の意識付けがぐっと強くなります。選手自身からすると、栄養指導よりもInBodyの数値の方が自分の成績表のようで興味が沸きますし、数値を伸ばすためには栄養が大切だよと伝えることで前向きに取り組んでくれます。栄養サポートを行う学生側も、精一杯やり遂げてくれる姿や、この経験を糧に社会へ羽ばたいてくれるところを見ると教師冥利に尽きます。データの管理方法、相手とのコミュニケーションの取り方など少しでも実践に近いスキルを身に付けてくれると嬉しいです。」
栄養士になるために、自分を省みる
▲ 今後の人生にも役立つ、自分自身を細かく分析した様々な栄養学的データ
InBody430は学内の授業でも活用されています。2-3年前から、3年生後期に新しく「応用栄養学実習Ⅱ」という授業が開講されました。それまでに各ライフステージや、各疾患患者に対する栄養教育、栄養マネジメントの手法を勉強してきていますが、すべて架空の人を対象にしていました。この授業では初めて実在する人に対して実際に介入を行います。介入対象は自分自身です。
明神先生:
「私たち管理栄養士は栄養サポートを行う相手の行動を変容させる必要がありますが、『あなたはまず、自分自身を変えることができますか?』と学生に問いかけます。自分を変えることができない人は相手を変えることもできません。そこで管理栄養士としての自分が、自分自身に対して栄養サポートを行ってみる授業を設けました。これまで学んできた栄養評価のためのアンケート調査や体力測定、InBody測定などあらゆる調査法を自分に行って、様々な視点から自分自身を分析していきます。最初にInBodyの測定結果を見ると、『こんなに体脂肪率が高いと思わなかった』『自分が痩せ型だとは思わなかった』などの発見があります。客観的に自分自身を見つめ直す機会は滅多にないので、栄養面以外でも性格や時間の使い方など自分に対する気づきがある学生も多いようです。」
自分自身への栄養マネジメント(栄養サポート)の実習なので、自分を分析しただけでは終わりません。食事調査やInBodyの測定結果を基に、”たんぱく質を〇g増やすために朝食に〇〇を食べる” “骨格筋量を○kg増やす” “体脂肪率を○%にする” などの具体的な目標を立てます。それを達成するために自分の食事や生活面の課題を見つけて、自分自身への栄養アドバイスを考え、実施します。常に自分自身を客観視することを重視します。行動目標として食事内容の改善に加え、定期的な運動を自分に課しながら、2週間隔でInBody測定結果を記録します。そして、定期的にペアワークやグループワークを取り入れて、介入の経過は順調か、何か修正する点はないかお互いに確認します。最終的には、自身の身体が約3ヶ月の間でどのように変化したかを実感することができます。介入前後で分析したデータは一つのファイルにまとめられますが、それはまるで世界に一つしかない自分の取扱説明書のようです。
▲ グループワークでそれぞれの進捗を相互確認
明神先生:
「ペア(グループ)ワークでは、お互いにカウンセリングを行って他者視点でも評価します。『規則正しい生活のために朝起こしてほしい。』『ちょっと自信がなくなってきているから褒めてほしい。』など、様々な形で助け合いが見られます。この授業を通して、学生は管理栄養士として相手の行動を変容させることの難しさを知ると共に、栄養サポートを受ける側の気持ちも知るようになります。食事管理を頑張ることに疲れた気持ち、頑張りが測定値に表れなかったときの気持ちなどを知ることで、相手に寄り添った声掛けができるようになるのも狙いです。この授業を経験した後に卒業研究の栄養サポートを始めた学生を見ていると、選手とのコミュニケーションの取り方にも成長を感じます。」
終わりに
明神先生は学生アスリートへの栄養サポートを更に発展させていきたいと考えています。
明神先生:
「高校生は成長期と相まってか、体成分が驚異的に伸びることに驚かされます。これまで大学生を中心に介入することが多かったのですが、成長期が終わった大学生だと身体を作り直すには時間がかかってしまいます。もし、無限の伸びしろがある高校生の間にしっかり栄養サポートを行ったら、将来どこでも活躍できる選手になるんじゃないかと思い、今後は成長期の若い世代への栄養サポートにも取り組んでみたいと考えています。また、女性アスリートの栄養サポートにも興味があります。体重の増減だけでなく競技力を高めるための身体づくりを、InBodyで測定しながらサポートしていきたいです。更に、学生だけに留まらず、元気にスポーツや登山に取り組んでいる高齢者に対して、長く健康でいられるような栄養サポートもやってみたいと考えています。」