睡眠不足が筋肉と脂肪に与える影響
筋トレやダイエットを頑張っているのになかなか思ったような成果が出ないと感じたことはありませんか? 食事も運動も気を付けているのに、なかなか変化が見えない原因は、もしかすると「睡眠」に隠されているかもしれません。
「筋肉を増やしたい」「脂肪を減らしたい」という目標を持つ方にとって、運動や食事と同じくらい重要なのが「睡眠」です。実は、睡眠不足は筋肉の増加や脂肪の減少を妨げてしまいます。今回は、睡眠と筋肉・脂肪の関係についてご紹介します。
睡眠時間による体成分への影響
睡眠が体成分へ与える影響を調べた研究¹⁾では、睡眠時間が「5.5時間(不十分)」と「8.5時間(十分)」の2グループに分け、同じカロリー制限下で14日間実施しました。どちらのグループも約3kgの減量に成功しましたが、その内訳に大きな差が見られました。
・5.5時間グループ: 体脂肪量の減少0.6kg、除脂肪量(主に筋肉量)の減少2.4kg
・8.5時間グループ: 体脂肪量の減少1.4kg、除脂肪量(主に筋肉量)の減少1.5kg
この結果から、睡眠不足の状態では脂肪よりも筋肉が多く失われてしまうことが明らかになりました。では、なぜ睡眠不足が筋肉や脂肪に影響するのでしょうか。
睡眠不足が筋肉に与える影響
私たちの体の中では、睡眠中に筋肉の修復や合成が行われています。特に深い眠りの時間帯には、筋肉の成長や回復を支える様々なホルモンが活発に分泌されます。睡眠不足になるとそれらのバランスが崩れ、筋肉の成長や維持に影響を与えます。
➤成長ホルモンの分泌の減少
成長ホルモンと聞くと、成長期の子供に必要なホルモンというイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし、実は大人にとっても重要なホルモンであり、筋肉の修復や合成に大きく関わっています。睡眠不足になると、この成長ホルモンの分泌が減少することで筋肉の合成が進みにくくなり、トレーニングをしても筋肉量がなかなか増加しづらくなります。
➤テストステロンの低下(特に男性)
テストステロンは筋肉の発達に深く関わるホルモンです。特に男性では、睡眠時間が6時間未満になるとテストステロンの分泌が15~20%低下するという報告もあります²⁾。テストステロンが低下すると筋肉が合成されにくくなり、筋力や回復力の低下に繋がります。
➤コルチゾール(ストレスホルモン)が増える
コルチゾールはストレスに反応して分泌されるホルモンですが、過剰に分泌されると筋肉を分解する作用があります。睡眠不足が長く続くと体がストレス状態であると判断するため、コルチゾールの分泌量が増加します。その結果、筋肉の分解が進み、筋肉量が減少してしまうリスクが高まります。
➤集中力の低下
睡眠不足になると集中力が落ち、筋力や持久力などの低下に繋がります。その結果、トレーニング時間や総負荷量の減少など、トレーニングの質そのものが下がることで間接的に筋肉の成長を妨げる要因となります。
睡眠不足が脂肪に与える影響
睡眠不足は筋肉だけでなく、脂肪にも大きな影響を与えます。睡眠不足によって引き起こされるホルモンバランスの乱れや脂肪燃焼機能の低下により、脂肪が増加しやすく減少しにくい状態になります。
➤食欲調節ホルモンの変化
睡眠不足は満腹ホルモンであるレプチンの血中濃度を低下させ、空腹ホルモンであるグレリンの血中濃度を増加させます。その結果、普段よりも満腹感が薄れ、反対に空腹感が強くなって食欲が増してしまいます。結果として過食に繋がり、脂肪の蓄積が促進されます。
➤インスリン感受性の低下
睡眠不足はインスリン感受性(⾎糖値を下げるホルモンであるインスリンに対する体の反応の良さを示す指標)を低下させ、血糖コントロールを悪化させます。これにより血糖がうまくエネルギーとして使われず、余分な糖が脂肪として蓄えられやすくなるため、脂肪の蓄積が促進されます。
➤ノルアドレナリンの分泌変化
ノルアドレナリンは交感神経を介して脂肪の分解を促進するホルモンであり、慢性的な睡眠不足や質の悪い睡眠によって分泌が乱れやすくなります。その結果、脂肪分解が効率的に進まず、脂肪の減少が妨げられる可能性があります。
➤活動量の低下
睡眠不足になると、活動的に動こうという意欲の低下や体がだるく疲れやすく感じることで、日中の活動量が減りやすくなります。結果として「摂取エネルギー>消費エネルギー」となり消費されなかったエネルギーが脂肪として蓄積されていきます。
推奨される睡眠時間と日本人の現状
厚生労働省の調査³⁾によると、日本人の1日の平均睡眠時間で最も高いのは6時間~7時間となっています。さらに、睡眠時間が6時間未満の割合は、男性38.5%、女性43.6%と非常に高い数値を示しています。特に、男性の30~50歳代、女性の40~60歳代では4割を超える人が睡眠不足に陥っているのが現状です。OECD(経済協力開発機構)の調査⁴⁾でも、日本の睡眠時間は「7時間22分」で、33ヶ国の平均睡眠時間「8時間27分」と比較して1時間以上短く、先進33か国の中で最も短いことが示されています。このことから日本全体で深刻な睡眠不足の状態にあることが分かります。
一般的に成人では6~8時間が適正な睡眠時間と考えられており、少なくとも1日6時間以上の睡眠時間を確保することが推奨されています。しかし、上記の現状を踏まえると単に最低限の睡眠時間を確保するだけでなく、7~8時間程度の十分な睡眠を心掛けることが重要です。
睡眠の質も重要な要素
睡眠時間に加えて「睡眠の質」もとても重要です。健康な成人の睡眠は、入眠からノンレム睡眠の浅い段階(N1,N2)を経て、深い段階(N3)に入ります。その後、再び浅いノンレム睡眠に戻り、レム睡眠へと移行します。この一連の流れが、約90分で1つのサイクルとなり、一晩に4~5回繰り返されます。この中で特に重要となるのが、成長ホルモンが最も多く分泌されるノンレム睡眠のN3期です。ただし、N3期の時間はすべてのサイクルで同じではなく、睡眠サイクルを繰り返していくごとに徐々に短くなっていきます。そのため、成長ホルモンをしっかり分泌させるには、最初の2周期(約3時間)の深い眠りが鍵となります。
※睡眠の質について、詳しくはトピック「睡眠の質を改善するには」をご覧ください。
睡眠は体づくりの基盤
筋肉を増やすためにも、脂肪を減らすためにも、「睡眠」は運動や食事と肩を並べて必要不可欠な要素です。睡眠不足が続くとホルモンバランスが乱れ、運動をしても思うような変化が得られにくくなります。より効率的に運動の効果を得るためにも、トレーニングや食事管理だけでなく、睡眠時間の確保や睡眠の質の向上にも意識を向けましょう。
参考文献
1. Nedeltcheva, Arlet V et al. “Insufficient sleep undermines dietary efforts to reduce adiposity.” Annals of internal medicine vol. 153,7 (2010): 435-41.
2. Leproult, Rachel, and Eve Van Cauter. “Effect of 1 week of sleep restriction on testosterone levels in young healthy men.” JAMA vol. 305,21 (2011): 2173-4.
3. 厚生労働省, 令和5年(2023)「国民健康・栄養調査」
4. OECD, Time use across the world, Gender data portal(2021)