軽視できない口の健康、オーラルフレイルとは?

ご自身や身近な方で、「最近呂律が回らない」「食事中よくむせるようになった」「食べこぼしが増えてきた」という方はいませんか?もしかするとそれは、オーラルフレイルの症状かもしれません。

オーラルフレイルとは、「オーラル=口」の「フレイル=虚弱」を意味し、話す・噛む・飲み込むという口腔の基本的な機能が弱まった状態を指します。このような状態では、会話や食事などの日常生活動作においても支障が生じ、食欲が減退したり、出かけることが億劫になったりと身体活動量が減少する原因となり、結果として全身のフレイルへと繋がります。

まずは簡単なセルフチェックをしてみましょう。
質問に対して「はい」「いいえ」のいずれかを回答し、該当する点数を合計してください。

チェック項目はいいいえ
半年前と比べて、硬いものが食べにくくなった20
お茶、汁物などでむせることがある20
義歯を使用している20
口の乾きが気になる10
半年前と比べて、外出が少なくなった10
さきイカ、たくあん程度の硬さのものを噛める01
1日に2回以上、歯磨きをする01
1年に1回以上、歯医者に行く01

東京大学高齢社会総合研究機構 田中友規, 飯島勝矢:出典

合計点数はいくつでしょうか。この点数によって、簡易的にオーラルフレイルのリスクを評価できます。

合計点数
0~2点: オーラルフレイルのリスクが低い
3点: オーラルフレイルのリスクがある
4点以上: オーラルフレイルのリスクが非常に高い

「オーラルフレイルのリスクある」もしくは「非常に高い」に該当した方は、歯科で口腔機能評価を行って詳しい状態の確認と、必要に応じて処置を施さなければなりません。 不安に思うことがある方も含めて、一度歯科を受診することをお勧めします。


口腔機能低下症

オーラルフレイルは病名ではなく、状態を表す言葉ですが、このオーラルフレイルを放置していくと、口腔機能低下症という病気へと悪化していきます。

口腔機能低下症は、①口腔内の衛生状態、②口腔乾燥、③咬合力低下、④舌口唇運動機能低下、⑤低舌圧、⑥咀嚼機能低下、⑦嚥下機能低下の7項目のうち3項目を満たしていた場合に診断されます。

口腔機能低下症では、口腔内の衛生状態の悪化により、雑菌や細菌が繁殖します。更に、嚥下機能も低下しているため、飲食物や唾液 をうまく飲み込めず、本来は食道に向かって流れていくはずのものが気管に入り、誤嚥性肺炎を引き起こします。実際に、日本人の3大死因の一つである肺炎患者のうち、70歳以上の患者の約7割以上が誤嚥性肺炎であると言われています。厚生労働省の調査によると、2021年の誤嚥性肺炎による死者は約5万人にも及び、この年の死因第6位となっており、超高齢社会 である日本において年々増加する誤嚥性肺炎が問題視されています¹⁾。

口腔機能の低下を自覚していない場合や、自覚していても「歳のせいだろう」と年齢を理由にして気に留めないまま放置している場合は、オーラルフレイルから口腔機能低下症へ、さらには全身のフレイルへと繋がってしまうケースが多く見られます。特に50~60代は、口腔機能の低下を自覚しやすい時期ではあるものの、身体機能の低下は自覚しにくい時期と言われています²⁾。この時期に口腔機能の低下を軽視せず、適切なケアを行うことで全身のフレイルを予防できることが期待されています。

では、どのように口腔ケアを行えばよいのでしょうか。いくつか例をあげてご紹介します。


オーラルフレイルの予防・治療のためのケア

①丁寧な歯磨きを心がける

毎食後、正しい方法で歯磨きをして口腔内を清潔に保つことが重要です。口腔内の食べカスや歯垢は雑菌が繁殖する原因となり、虫歯や歯周病へと繋がります。歯周病は口の中だけでなく、糖尿病や心筋梗塞などの疾患リスクを高めるため、普段の歯磨きを丁寧に行うことが健康を維持する上で何より大切です。歯ブラシを使用した一般的な歯磨きに加えて、より丁寧なケアを行う際のポイントをいくつかご紹介します。

・デンタルフロス、歯間ブラシを使用する

最も汚れがたまりやすい歯と歯の間には、歯ブラシの毛先は届きません。そこで、歯間清掃用具であるデンタルフロスや歯間ブラシを使用することで、より細かい部分の汚れを除去でき、歯ブラシのみ使用した場合と比較して、汚れの除去率が約30%も高まると言われています。

よく混同される二つの道具ですが、実は用途が少し異なります。デンタルフロスは、歯と歯が接している隙間の狭い部分の汚れを取り、歯間ブラシは歯茎により近い、隙間の広い部分の汚れを取る道具です。これらの隙間の広さには個人差があり、様々な細さやサイズのデンタルフロスや歯間ブラシが販売されています。自身の歯の隙間に合ったものを使用しないと、逆に歯茎の状態を悪くしたり、十分に汚れを除去できない原因となるため、歯の隙間の広さやどこに汚れが溜まりやすいのかなどの傾向を正しく把握することが大切です。

・舌クリーナーを定期的に使用する

舌クリーナーは、舌苔(ぜったい)と呼ばれる舌についた汚れを取るための道具です。舌苔は誰にでも生じますが、ストレスや疾患、加齢など様々な要因で唾液が減少すると増加してしまいます。舌苔が増えて厚くなると、舌全体が白くなり見た目も悪く、細菌が繁殖しやすい環境を作り出してしまいます。また舌苔が厚いと味を感知する味蕾(みらい)が覆われてしまうため、味を感じにくくなると言われています。

このようなことを防ぐため、1日1回は舌クリーナーを用いた舌の清掃を行うことが理想です。鏡を見ながら舌の奥から手前に向かって、一定方向に優しく動かします。何度も強い力でこすると、かえって舌の粘膜を傷つけるため、1回の清掃で綺麗にならなくても無理やりこすらず、毎日継続することで徐々に清潔にしていきましょう。

・衛生的な歯ブラシを使用する

毎日使用する歯ブラシは、長く同じものを使い続けていると毛先が開いてきてしまいます。そのような状態では、どんなに丁寧に磨いても正しく歯に当たらず、歯や歯茎を傷つけてしまいます。1ヶ月を目安に歯ブラシは新しいものに取り換えることが推奨されています。それよりも短い期間で歯ブラシの毛先が広がってしまった場合は、ブラッシングの力が強すぎることも考えられるため、日頃の歯磨きの方法を見直してみましょう。

また、食べカスがついたままの歯ブラシを使用していると雑菌が繁殖し、口腔内の環境を悪化させる原因になってしまいます。歯ブラシは、使用後に食べカスを取り除いて、風当たりのよいところで干して保管しておくことで衛生的に管理できます。不衛生な器具を使用していると、正しい効果は得られません。清潔な歯ブラシを使うことを心掛けましょう。


②口の体操

唇や頬、舌などの口周りの筋肉を刺激し、筋力を向上させることで口腔機能を高める、もしくは維持することができます。体操を行う時は椅子に座り、姿勢を90度に保って背筋を伸ばし、正しい姿勢で行います。顎は軽く引き、体操中の誤嚥を防ぐようにします。

・口回りの筋肉の体操

「イー」と声に出しながら唇を横に引き、2秒キープします。その後すぐに、「ウー」と声に出しながら唇をとがらせて口をすぼめ、2秒キープします。これを1セットとして5回繰り返します。

・頬の体操

唇を閉じて、口の中に息をためて目一杯頬を膨らませます。この状態を2秒キープした後、息を吸い込むようにして、頬をへこませて2秒キープします。この時、唇をとがらせて頬にくぼみができるくらいまで息を吸い込むことがポイントです。これを1セットとして、5回繰り返します。

・舌の体操

口を閉じたまま行う体操です。舌を上の前歯と上唇の間に入れて、上唇を押すイメージで舌に力を入れます。この状態を3秒キープした後、舌を下の前歯と下唇の間に入れて、下唇を押すイメージで同様に力を入れ、3秒キープします。次に舌で左右の頬を交互に押すように力を入れます。左右各3回ずつ繰り返します。最後に、舌で唇の裏側をなぞるように、右回り、左回りと各1周させます。これら全てを1セットとして、5回繰り返します。


③唾液腺のマッサージ

唾液の分泌が減少すると口腔内の乾燥はもちろん、虫歯や、食べ物をうまく飲み込めないなどのトラブルに繋がります。唾液を分泌する上で重要な耳下腺・顎下腺・舌下腺をうまく刺激し、唾液の分泌を円滑に行えるように促していきましょう。

・耳下腺のマッサージ

耳下腺は、耳のすぐ前あたりに位置する最も大きな唾液腺です。2~3本の指を耳のすぐ前(上の奥歯あたり)に優しく当て、円を描くようにマッサージします。これを10回繰り返します。

・顎下腺のマッサージ

顎下腺は、えらが張っている部分のすぐ下に位置します。親指を顎下の骨の内側に当て、耳の下から顎の下までを4~5箇所に分けて、各ポイント5回ずつ優しく押します。

・舌下線のマッサージ

両手の親指を揃えて顎の真下に当て、舌を押し上げるイメージで10回押します。

このように、ご自身でも毎日できるケアは継続して行うことが大切です。しかし、定期的に歯科を受診し、専門家によるケアを受けることも非常に大切です。一般的には、3ヶ月に1回程度の通院頻度が目安とされていますが、もし気になる症状がある場合には、早急に歯科を受診しなければならないかもしれません。


オーラルフレイルの予防にも一役買う筋トレ

最近、筋肉量が健康に及ぼす様々な影響が注目され、「筋トレ」という言葉が身近になっています。筋肉量を増やす・保つことは年齢に関わらず必要であるという認識が広まってきていますが、実は口の健康も筋トレと深く関連することをご存知でしょうか? 栄養摂取という面で、口の健康は全身まで影響を及ぼすことがイメージできますが、実は口の中の健康と全身の筋肉量も、関係が薄いように見えて密接 に関わっています。

近年、サルコペニア(筋肉量及び筋力の低下によって身体機能が低下した状態)やフレイル(加齢に伴い身体の予備能力が低下し、健康障害を起こしやすくなった状態)の治療・予防の重要性に注目が集まっています。サルコペニアやフレイルの状態では、身体機能の低下による骨折や怪我、要介護や死亡のリスクを上げることはもちろん、感染症や病気にかかりやすくなったり、重症化しやすくなったりします。

実際に、全身骨格筋量が少ない高齢者では、口腔機能が弱まっていると報告されています³⁾。骨格筋量が少ない方では、食べ物を噛むときにはたらく咬筋量も減少している傾向があり、噛む力が弱まるため柔らかい食材ばかり選ぶようになったり、噛まずに飲み込むことで消化吸収に負担がかかったり、そもそも食事が楽しめなくなったりすることで摂取できる栄養素に偏りが生じます。筋肉の材料となるタンパク質を多く含む肉類は特に噛みづらく、お肉を避けた食生活を継続すれば自ずと筋肉量は減少し、サルコペニアに繋がります。

筋肉量は、年齢を重ねるにつれて分解のスピードが速まり、筋肉も付きにくくなっていきます。しかし、若い時から筋肉をよく使うことで、運動習慣も身につき筋肉貯金もできるため、筋肉量の減少やそのスピードを抑えることができます。一方で、筋肉量が大切なことを知っても今からではもう遅いと諦めてしまうご高齢の方も見受けられますが、筋肉量を増やすことは年齢関係なく可能です。筋肉量を増やすためのトレーニングは、正しく行えば年齢に関係なく効果を実感できます。

※ご高齢の方にもお勧めできるトレーニングなどは、InBodyトピックの「筋トレに年齢制限なし」をご覧ください。

口は、食べる・飲む・話す・呼吸するなど、私たちが生きていくうえで必要不可欠な行為を担う、身近な器官です。また、内臓などとは違い、口を開けて鏡を見れば、口の中の状態を自分の目で確認できることも大きな特徴です。健康管理、と聞くと食事や運動などを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、毎日の歯磨きも身体全体の健康に直結しています。今日からは、歯磨きをただの作業ではなく将来の健康に繋がるケアとして捉えて丁寧に行い、口の中の状態を注意深く観察する時間にしてみませんか?

参考文献
1. 厚生労働省, 人口動態統計. 2021
2. Tsukasa Hihara et al. The Symptoms of Oral Frailty and Physical Frailty in Every Age Group. 老年歯学. 2017;32(1):33-47.
3. Masanori Iwasaki et al. Interrelationships among whole-body skeletal muscle mass, masseter muscle mass, oral function, and dentition status in older Japanese adults. BMC Geriatr. 2021;21:582.