ラポール上大岡
-健康づくりを障害者の日常生活に定着させる-
✓InBodyを活用する目的
● 障害のある方に対する健康増進プログラムの中で体成分を評価するため
● 自身の身体の状況や健康に興味を持ってもらうため
✓InBody S10導入の決め手
● 仰臥位・座位・立位と柔軟に測定姿勢を選べる点
✓得られた効果
● InBodyは見た目では分からない身体の変化を数値で可視化できるので、指導の根拠として活用できている
● 部位別筋肉量から筋肉分布の特徴を分析でき、生活習慣と結び付けて評価できる
● 総消費カロリーの算出が難しい方に対して、InBodyの基礎代謝量を参考にし、筋肉量や体脂肪量の変化を見て食事量を調整できるようになった
機種モデル:InBody S10
ラポール上大岡は障害者のスポーツ・文化・レクリエーション振興の中核拠点として、2020年1月に神奈川県横浜市港南区に開所されました。社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団が「リハビリテーションサービスの向上」、「豊かな人生への支援」、「共生社会実現への取り組み」を基本理念に、障害者の利用優先施設として運営しています。1992年から港北区に開所されている横浜ラポールと一緒に、横浜市の障害者スポーツ文化活動に関する多様な事業やプロラムを展開して障害者の社会参加を支援しています。また、ラポール施設の利用案内やイベント等の情報はホームページ “ラポール for Smile” から発信しています。
専門職チームによるアプローチ
ラポール上大岡では障害のある方(18歳以上)を対象に、看護師・ソーシャルワーカー・栄養士・体育指導員の専門職チームがそれぞれ生活・栄養・運動の観点からサポートする “健康増進プログラム” を実施しています。
障害や身体状況に合わせたプログラムの提供
プログラムへ参加する際に健康状態等に不安がある方には健康づくり相談をご案内しています。内容としては、身長・体重・腹囲の身体計測、InBodyによる体成分測定、血圧測定を行います。次に、それらの情報と運動歴の聞き取りから、目的に応じた内容のプログラムへの参加を提案します。
提案するプログラムの一つである健康増進プログラムでは体力維持・増進、脂肪燃焼、生活習慣病予防等個人の目的に合わせて健康づくりを支援しており、運動面では体育指導員によるサポートを受けることができます。1回90分の運動指導では血圧測定・体調確認、はまちゃん体操(座位編)※1、個別トレーニング、ストレッチを実施しており、週1~2回の参加が推奨されています。その中の個別トレーニングは有酸素運動と筋トレで構成されており、体育指導員が障害及び身体状況に合わせたトレーニングメニューを作成しています。
※1 はまちゃん体操(座位編): 高齢者の身体機能改善・向上を目的に制作された体操で、座位編は椅子に座ったまま行える体操
▲ 榊原 久子さん
看護師の榊原 久子さんは、2020年12月から健康づくり相談の中で利用者の健康状態や服薬状況を確認し、必要に応じて地域の関係機関に診療情報の提供を依頼しています。また、健康増進プログラムでは生活指導を担当しています。
▲ 金子 秀子さん
ソーシャルワーカーの金子 秀子さんも、2020年11月から健康増進プログラムの生活面で利用者を支援しています。健康づくり相談に同席して生活面の支援が必要な方に病院や施設を紹介する一方で、地域の関係施設から紹介された方を受け入れる等、仲介の役割を担っています。他にもラポール上大岡の地域支援事業に携わっており、地域の障害者が利用する通所施設やグループを利用者と一緒に見学したり、定期的に訪問して利用者の様子を確認したりしています。
▲ 渡邉 芽さん
管理栄養士の渡邉 芽さんは栄養相談を担当しています。利用者の食事内容を本人や家族から聞き取り、目的に合わせて食事改善の助言をしています。渡邉さんは2015年から社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団に所属して横浜総合リハビリテーションセンターに勤務していました。勤務3年目の2018年、横浜ラポールに栄養士を配置することになった際に大学でスポーツ栄養学を学んでいたことから、兼務で利用者の栄養相談に携わるようになりました。その後、2020年1月のラポール上大岡開所に合わせて専任で異動してきました。
渡邉さん:
「横浜ラポールで栄養士の配置は初めてでしたので、当初はどのように栄養相談を実施していけばよいか迷いました。実際に利用者とお会いすると、運動を頑張っているにも関わらず効果が上がらない方も多く、栄養面からのアプローチの必要性を強く感じ、体育指導員と相談しながら栄養相談の形をつくっていきました。」
▲ 熊谷 俊介さん
体育指導員の熊谷 俊介さんは健康増進プログラムの中で運動指導を担当しています。利用者の属性や各種測定結果等の情報を基に個別トレーニングのメニューを作成して指導しています。熊谷さんは2012年から横浜ラポールの体育指導員として8年間、現在のような運動指導に携わっていました。そして、渡邉さんと同じく2020年1月にラポール上大岡に異動してきました。
▲ 主観的運動強度を確認しながら個別トレーニングに励む利用者
熊谷さん:
「例えば、肢体不自由の方は血圧を下げる降圧薬を服薬していることが多く、内部機能障害の方は心臓に高い負荷をかけられない等、利用者によっては心拍数を参考に運動を処方するのが難しい場合もあります。そのような方の有酸素運動には、主観的運動強度で『ややきつい』 と感じる程度のニコニコペース(笑顔を保って運動できるくらいゆっくりとしたペース)で10~20分間のリカベントバイク(上半身を固定しながらバイクを漕ぐ運動)を取り入れています。筋トレは動かせる肢体によってチェストプレスやシーステッドロー等のマシンを使用して2~3セット行います。一方、視覚・聴覚・知的・精神障害の方の有酸素運動には推定最大酸素摂取量50%程度の10~20分間のアップライトバイク(体をまっすぐに保ちながらバイクを漕ぐ運動)等を取り入れ、筋トレは体積が大きい筋肉を使うレッグプレスやチェストプレス等のマシンを使用して2~3セット行います。」
一方、栄養相談では栄養指導ソフトを使用し、一日の食事内容から摂取カロリーや栄養素のバランスをチェック、これまでの体重変化・排便状況・血液データも一緒に確認しながら、摂取カロリーと栄養素の過不足について助言します。
▲ 栄養相談の様子
渡邉さん:
「糖尿病・高血圧等の疾患を考慮し、必要な栄養素を確保しながら利用者の目標を達成できる最善案を提案するように心掛けています。特に肢体不自由の方の総消費カロリーは一般の方と同じように算出できないこともあるので予測することが難しいです。そのため、概ね体重とInBodyの基礎代謝量等を参考にし、筋肉量や体脂肪量の変化を見て食事量を調整しています。一方、精神・発達障害の方には伝え方の配慮として、具体的な数値を示しながら説明するようにしています。InBodyは見た目では分からない身体の変化を数値で可視化できるので、指導や説得の材料として活用しています。」
▲ 体成分の変化が一目で分かる体成分履歴
健康増進プログラムの効果
健康増進プログラムの効果は3ヶ月を目安に体成分・体力測定の項目で評価します。体成分測定には、立位・座位・仰臥位から測定姿勢を選択できるInBody S10を使用しています。利用者の中には腕の麻痺の影響で手電極を握れない方や、車椅子で立位測定を維持できない方がおり、手電極を握っての立位測定は難しいです。そのため、ラポール上大岡ではInBody S10の座位姿勢で、主にクリップ型の電極を手指・足首に装着して測定を行っています。
▲ InBody S10による体成分測定(座位姿勢)
榊原さん:
「利用者の中には脳卒中の後遺症で障害が残る方がいます。脳卒中は生活習慣病が要因で発症することもあるので、根本的な原因である生活習慣病を運動と食事で改善する必要があります。現状を知るという意味ではInBodyの測定結果は利用者を納得させることができ、自分の身体に興味を持っていただくのに効果的です。」
また、体力測定は障害及び身体状況に合わせて行います。肢体不自由や内部機能障害の方は握力(kg)、反復横移動(回)、10m歩行時間(秒)、6分間歩行距離(m)を測定し、視覚・聴覚・知的・精神障害の方は握力(kg)、長座体前屈(cm)、上体起こし(回)、エルゴメーターで推定最大酸素摂取量(ml/kg/分)を測定します。
これまで(2021年7月時点)延べ110名の身体・知的・精神障害の方が健康増進プログラムを利用しています。利用者のプログラム前後の体成分を比較すると、筋肉量は維持される中で体重・体脂肪量・体脂肪率はそれぞれ平均1.3kg、1.4kg、1.2%減少しており、プログラムを通して利用者の体成分を改善させることができています。
※棒グラフは取材を基に再現したイメージグラフです。
▲ 健康増進プログラムにおける体成分の変化
健康増進プログラムは病院やリハビリテーション施設から退院された方が日常生活の中に運動習慣を定着させることも目的としており、結果によっては通常3ヶ月のプログラムを継続することもあります。そのため、プログラムを卒業した利用者は運動が習慣となり、施設のトレーニング室や集団プログラムを利用するためにラポール上大岡に通い続けたり、自宅近くのジムに通ったりしています。
熊谷さん:
「最重度知的障害の方とのコミュニケーションは難しいときがあります。しかし、長期間の付き合いの中で徐々に意思疎通ができるようになる事例もあるので、障害の特性も考慮しながらプログラムの継続有無を判断します。また、InBodyの測定結果を通して得られた気づきもありました。知的障害の方は散歩等で下半身を動かしますが、意識して上半身を鍛えることがなく、上半身と体幹の筋肉量が少ない傾向があります。そのような方の個別トレーニングには上半身の運動を意識的に加えるようにしています。」
終わりに
障害のある方は一般の方に比べて健康管理が難しいだけではなく、健康への意識も低い傾向があります。病院やリハビリテーション施設では医療従事者による栄養指導・リハビリ等を受けることができますが、退院して自宅や地域に戻った後の日常生活では自身で健康管理を行う必要があります。ラポール上大岡の健康増進プログラムでは障害のある方が自分の身体や健康に興味を持つきっかけを作り、日常生活に食事への配慮や定期的な運動を定着させるサポートをしています。
その一方で、横浜市内には障害のある方が約17万人以上おり※2、全員の健康づくりをラポール上大岡だけで引き受けることは現実的に難しいです。そのため、ラポール上大岡は施設で得られた知見を地域の関連施設へ共有することで、障害のある方の健康づくりに貢献したいと考え、健康増進プログラムの効果に関するデータ等を関連学会で発表しています。今後は障害種別のデータを蓄積し、健康増進プログラムにおける障害種別の課題を見つけることを検討しています。
※2『第4期横浜市障害者プラン』より引用