現代の栄養戦略: 食事とサプリメントの使い分け
フィットネスクラブの会員数が年々増加し、健康管理をサポートするウェアラブルデバイスの市場も拡大を続ける中、世代を問わず健康意識が高まっています。健康の基礎として、運動と同様に欠かせない要素である「栄養摂取」への関心も高まり、プロテインをはじめとする栄養素を強化した食品が多く販売され、メディアやSNSでも栄養素に関する話題を目にする機会が増えてきました。
その中でも、特定の栄養素を効率的に補うための手段として「サプリメント」が注目され、今では100円ショップでも手軽に購入できるほど、幅広い世代で活用されるようになっています。しかし、「サプリメントに頼りすぎるのは良くないが、食事だけで必要な栄養素をすべて補うのも難しい」という議論は後を絶ちません。今回は、サプリメントと食事、それぞれの栄養摂取方法について、メリットとデメリットを整理します。
「食事」のメリット・デメリット
まずは、古代から私たちが自然に行っている「食事」について考えてみます。
●メリット
・食品ごとに複数の栄養素が摂れる
食品には、複数の栄養素が自然なバランスで含まれています。例えば、卵1つには代表的なタンパク質以外にもビタミンDやB群、セレンなどの様々な栄養素が含まれています。さらに、異なる食品同士を組み合わせることによって複合的に栄養素を摂取できます。これらの栄養素は相乗効果を発揮することもあり、本来の機能を高めたり、吸収を促進したりする利点もあります。
・咀嚼が全身の健康に影響を与える
食品を飲み込みやすくし、唾液を分泌させることで消化吸収を助けるなど、食事において欠かせない動作が「咀嚼」です。食事に直結すること以外にも、唾液によって口の中を清潔に保ったり、脳を刺激して活性化させるなど、幅広い役割を担っています。また、咀嚼で動かす口周りの筋肉は、食べ物や飲み物を飲み込んだり、話したりと日常動作を円滑に行うために重要で、これらの機能を維持するためにも咀嚼は一種のトレーニングとも言えます。
・精神的な充実に繋がる
食事はただの栄養摂取の手段にとどまらず、精神的な満足感や他者とのコミュニケーションツールとしても大きな役割を担っています。味覚・嗅覚・視覚・聴覚・触覚のすべてをフル稼働して美味しく味わうことで、ストレスを解消できたり、安心感や充実感を得られます。料理を作る過程で達成感を得たり、美味しいものを食べて思わず笑顔になったり、誰かと食卓を囲んで話が弾んだり、そもそも食事が日々の楽しみになったり、それらは全て食事特有のメリットといえます。
●デメリット
・野菜や果物を必要量補うことは経済的に難しい
普段の食事で不足しがちな代表的な食品といえば、野菜や果物です。1日当たりの野菜の必要量は350g、果物は200~300gとも言われ、さらには単一ではなく様々な野菜、果物を組み合わせて摂取することが推奨されています。しかし、これらは他の食品と比較しても非常に少量で高価格な特徴があり、最近の物価高騰によってさらに手に入りにくくなっています。食事に取り入れたいと思っても、経済的な理由から簡単には取り入れられない現状があることは事実です。
・栄養素が意識しづらいため過剰摂取のリスクが高い
肉や魚、野菜など自然由来の食品を使った料理を食べる場合、食品に含まれる栄養素を正確に把握しにくいという問題もあります。特に野菜などは栽培環境も栄養素に大きく関わり、旬の時期には栄養素の量が増えるなど、季節や食品の状態によって含まれる栄養素の量も異なります。また、ビタミンCなどの水溶性物質は茹でると溶け出してしまうように、調理工程によっては栄養素の損失に繋がる場合もあります。パンや乳製品など、一見脂っこそうに見えない料理に含まれる、いわゆる「見えない油」と呼ばれるような脂質は意識しづらく、過剰摂取のリスクが高い食品です。栄養管理アプリなどを用いておおよその栄養摂取量を把握することは可能ですが、毎食ごとに自分の栄養摂取量を正確に把握するには手間がかかり難しいという問題があります。
「サプリメント」のメリット・デメリット
次に、気になる栄養素を手軽に補えるサプリメントについて考えてみます。
●メリット
・いつでも簡単に栄養補給ができる
サプリメントの最大メリットと言えば、やはりその手軽さです。食事だけでは補えない栄養素を、時間や場所を問わずすぐに補給できることは大きな利点です。また、サプリメントの価格に対して含まれている栄養素量を考慮するとコストパフォーマンスも非常に高く、効率的に栄養補給できます。また、サイズも小さいために満腹感も感じにくく、少量の食事で満腹感を得やすい方でも食べる量を気にせずに栄養素を補給できます。
・狙いに合わせた栄養素を定量的に意識して栄養補給できる
単一の栄養素に特化したサプリメントや、様々な栄養素を組み合わせて一度に補給できるようなマルチタイプのサプリメントなどがありますが、どの栄養素がどれだけ含まれているのかを明確に把握できることが大きなメリットです。普段の食事で不足しがちな栄養素や、健康や美容など特定の目的に合わせて強化したい栄養素を、集中的に適量補給できることも魅力です。また、亜鉛、鉄などのミネラルや、ビタミンAをはじめとする脂溶性ビタミンなど、過剰補給に注意が必要な栄養素も補給量をコントロールしやすいので安心です。
・場所を取らず、保存性が高い
サプリメントは食品と比較して保存期間が非常に長く、一度購入すれば長期間継続して栄養補給することが可能です。あまりにも高温多湿な環境に晒されなければ持ち運びも自由にできるため、外出先や旅行先でも普段通りの栄養補給が行えます。また、災害時など限られた食料の中で栄養補給をしなくてはならないような場面でも、保存環境に依存しないサプリメントが活躍します。狭い避難所でも場所を取らずに保管でき、調理する必要がないことは非常に大きなメリットです。万が一に備え、避難用の持ち出し袋に常時保管しておくと良いかもしれません。
●デメリット
・品質にばらつきがあり、安全性を判断することが難しい
製品の製造・管理体制が国によって異なるため、市場に出回っているサプリメントの一部には十分な検証がされないまま販売されているものもあります。特に最近はインターネットでの購入が主流になっていますが、容易に購入できる反面、有害物質や必要量を大きく上回る過剰な成分量が含まれているなど、安全を脅かす場合も大いに考えられ、消費者側が十分注意して製品を選択する必要があります。安全性を確保するためには、第三者機関から検査されて認証を受けた製品を選ぶようにし、信頼できるメーカーからのみ購入するようにしましょう。
・咀嚼の機会がない
サプリメントは水でそのまま飲み込むだけで栄養補給できる手軽さが大きな魅力ですが、咀嚼を必要としないという点はデメリットとも考えられます。咀嚼がない生活が続けば、唾液の分泌量が減り虫歯になりやすくなったり、筋肉も衰えて表情が強張ったり、上手く発音ができなくなったりなど、日常生活に支障をきたす可能性もあります。実際に、65歳以上を対象とした研究では、咀嚼機能が低下して噛めるものに制限がある人では、制限がない人に比べて要介護リスクが1.3倍にも高まることが報告されています¹⁾。日頃何気なく行っている咀嚼が、将来の健康寿命を延ばす大事な鍵を握っているのです。
健康の基盤は食事、サプリメントは補助的な役割
これまで、食事とサプリメントについてまとめてきましたが、もちろんどちらにもメリットとデメリットがあります。食事からは、栄養素だけでなく、咀嚼を通じた満腹感や心の満足感、そして複数の栄養素が相乗的に働く効果を得られます。一方、サプリメントは特定の栄養素を集中的に補給できる効率的な手段として非常に有効で、不足しがちな栄養素を補う重要な役割を果たします。そのため、健康を維持・向上させるためには、日々の食事を基盤としつつ、必要に応じてサプリメントを補助的に活用することが最も効果的です。2つの手段の良いところをバランスよく活用することが、体だけでなく心の健康も支える鍵となります。
参考文献
1. Aida J et al. Association between dental status and incident disability in an older Japanese population. J Am Geriatr Soc. 2012 Feb;60(2):338-43