紀の川市役所:後編
-フレイル予防における市役所でのInBody活用-
✓InBodyを活用する目的
● 介護予防事業の一環としてInBody測定を行い、体力測定の結果と併せて地域高齢者の健康状態を評価するため
✓InBody470導入の決め手
● 比較的軽く、拠点同士の持ち運びがしやすい点
● 15秒というとても短い測定時間で筋肉量や体脂肪量など多くのデータを安全に集めることができる点
✓得られた効果
● 体成分の変化から地域高齢者の健康状態を把握できるようになった
● InBodyの測定結果を通じて多職種が連携できるようになった
● InBodyデータを病院や地域で集めることで病院や介護施設などと連携しやすく、地域全体での支援に繋がった
機種モデル:InBody470
この取材の前編を見逃している方は、こちらもご覧ください☞「紀の川市役所 前編」
コロナだからこそ始まった、高齢者の社会参加へのサポート
コロナウイルスの影響を鑑みて、2020年の集会所での活動は4~6月の3ヶ月間、自粛を要請せざるを得ませんでした。7月から順次再開していますが、集会所によっては自粛を継続しているところもあり、現在も約20ヶ所で活動を休止しています。コロナ禍で活動が制限される中、自宅に籠りがちな高齢者へどうやってアプローチすべきか考えた結果、自宅でできる体操の動画を新たに作成することになりました。
田村さん:
「元々、40分ほどのてくてく体操を理学療法士がサポートしながら地域の皆様に行っていただくことが前提だったので、一般向けの動画を作成することは考えていませんでした。しかし、コロナ禍で体操活動の自粛をお願いせざるを得ない状況になり、家に閉じこもっている方に対して何かできることはないかと考えた際、理学療法士に提案されたのが『おうちでてくてく体操』でした。従来のてくてく体操は40分くらい動き続ける内容なので、自宅で1人だけで行うのは難しいです。どうにかして少しの時間でも気軽に楽しく運動してほしいという思いがありました。」
和歌山県と地元テレビ局(テレビ和歌山)の協力を受けて撮影された「おうちでてくてく体操」の映像は、2020年5月から7月末まで平日午後0:54~0:58の間に、県内で放映されました。作成された動画は紀の川市のYouTubeチャンネルでも見ることができますが、DVDや紹介冊子の提供依頼も多く寄せられています。
大井さん:
「コロナ禍では、どうしても生活が不活発になり、運動しない方が増えてしまいます。そういった方に対して、運動するきっかけ作りをしたかったです。例えば、NHKでも体操番組は毎日流れていますが、午前中にNHK、お昼に私たちの体操、また夕方にNHK、といったように運動を行うきっかけを増やすことが大切だと思いました。また、昨年より全国でも珍しい理学療法士と行政の関わりをYouTubeで紹介していたこともあり、今回もYouTubeを活用してみようという流れになりました。」
▲紀の川市のYouTubeチャンネルで公開されている「おうちでてくてく体操」
大井さん:
「毎週参加していたてくてく体操に愛着を持っていた方々が、コロナをきっかけに活動できなくなったことで、健康被害や、私たち関係者から『ほったらかされているんじゃないか』と孤独や先行きの不安を感じた方がとても多かったようです。テレビ放映を行うことで『1人じゃないよ』」『私たちは気にかけているよ』という私たちの想いが伝わり、とても嬉しかったと、再開後の自主運動グループでたくさん声をいただきました。また、自分たちが普段やっている体操がテレビで放映されてとても誇らしかったという声もいただきました。コロナ禍で活動が難しい時期ではありましたが、新しく体操を作って良かったと思います。」
また、コロナ禍で閉じこもりがちとなっている方の外出のきっかけを作る取り組みとして、2020年9月から始めたのが移動カフェ「ひなたぼっこ」です。
▲ 移動カフェ「ひなたぼっこ」で集まって談笑、後ろの軽トラックで買い物ができます
コロナ禍の中、民間のバス会社から移動スーパーを始めるにあたり、地域のために何か貢献できることはないかと市役所に相談が寄せられました。生活支援に関するアンケートでも『見守り・声かけを強化してほしい』という声が多く、検討を重ね、お楽しみ要素でカフェを、生活のご支援でお買い物のできる集い場事業を企画しました。また、コーヒーなどの飲料は無償で提供いただけることとなり、包括連携協定を締結しました。身近な地域から短時間ですが、人が集い、見守りや声かけに繋がっています。市役所に寄せられる民間事業者や市民の声に耳を傾けて、点と点を繋ぎ合わせることでニーズをしっかりと具現化できることがわかった取り組みと言えます。この移動カフェは、てくてく体操に参加されている方もそうでない方も交流や買い物目的で集まり、そこで新しい繋がりも生まれています。
田村さん:
「ご近所さんのはずなのに、『久しぶりやね~』と話している姿を見て、不思議な感じがしました。体操を行っている集会所でも、移動カフェという違う形で回ることでまた別のコミュニティが生まれると感じました。今回のコロナ禍を機に、体操だけがフレイル予防に繋がるわけではないと実感しました。最近は身体的なフレイルだけでなく、精神的なフレイルである『社会的フレイル』も問題になっています。これからも幅広い事業に取り組み、ご高齢の方の『社会参加』を第一に考えていきたいです。コロナの逆風を追い風に変えていけたらと思います。」
大井さん:
「体操は分かりやすい事業ですが押し売りになってはいけません。いくら体操が体に良くても無理やりでは逆効果になってしまいます。体操を求めていない方はサロンや移動カフェに社会参加してもらうことで、十分健康づくりができるかなと思います。最近、ご近所付き合いが希薄になっていると言われていますが、社会参加を機に声を掛け合うようになった、前よりも携帯電話で連絡を取り合うようになったという声もあります。」
今後は、体操拠点のないところで移動カフェを開設した際に理学療法士を派遣し、「最近ご飯があんまり食べられなくて・・・」「先週から少しだけ腰が痛くて・・・」など、病院にわざわざ通うほどではない相談事を近所の集会所で聞いてもらえるような事業もできないか、思索しています。
田村さん:
「コロナ自粛の3ヶ月間という短いようで長い期間が高齢者に与えた影響はとても大きかったようで、身体機能や生活機能低下が見られる方も出てきています。地域包括支援センターには、そういった報告が増え始め、少しでも高齢者の機能低下を防ぐためには、スピード感を持って在宅支援を行うことが必要だと感じました。様々なイベントの中止や休止はやむを得ませんが、代わりに何ができるのか模索することは、現在どの自治体でも抱えている課題だと思います。私たちは地域を応援するスタンスを常に持ちつつ、さまざまなところからの声に耳を傾け続けることで、自然と市民の皆様に必要な事業が生まれてくると思っています。」
「市民が市民を支える」フレイルサポーター
東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)の飯島 勝矢教授が打ち出したフレイルプロジェクトは、市民ボランティアとして活躍する「フレイルサポーター」が支えています。フレイルの確認は、それまでの研究をもとにフレイルチェック項目を作成し、下腿周囲長測定や簡単な質問に答えてもらうなど、フレイルサポーターが約2 時間かけてフレイルのリスクを調べます。
フレイルサポーターに参加するためには、フレイルサポーター養成講座を受講する必要があります。市の広報などでフレイルサポーターに興味を持った市民の皆様が、講座でフレイルとは何か? から予防のための運動・栄養のことを勉強します。現在、紀の川市内では約80名の方がフレイルサポーターとして活動しており、集会所で行われる年1回のフレイルチェックにスタッフとして参加しています。元気なサポーターさんを見て、刺激を受ける方も少なくありません。
▲ フレイルチェック項目の一つである指輪っか測定
田村さん:
「市役所に勤務している理学療法士だけでなく、病院や介護事業所の理学療法士、作業療法士も活動に参加いただきサポートしてもらっています。そのおかげで各集会所には年に3~4回理学療法士や作業療法士が訪問できていますが、毎週訪問することはできません。サポーターさんにフレイルチェックを行ってもらうことで、より参加者の健康意識が高い状態をキープできていると実感しています。」
大井さん:
「参加者の中には、理学療法士など専門職の人からフレイルや栄養について言われることに抵抗を持つ方もいます。特に栄養については、私たちから食事や水分摂取のアドバイスをしても、『先生たちは若いからご飯いっぱい食べられるんやで』と話を流されてしまいます。しかし、同じことを同年代の知り合いに言われると自分ごととして捉えやすくなり、説得力があるようです。フレイルサポーターの皆さんはとても意欲的な方が多く、フレイルチェックや栄養について分かりやすく説明された紙芝居もしてくれます。そして、何よりもフレイルサポーターに参加すること自体がその方自身のフレイル予防に繋がり、社会参加の一環にもなります。また、フレイルサポーターがいる集会所はフレイル予防意識が高まります。自主運動グループを立ち上げても、モチベーションを保てず活動しなくなってしまっては元も子もありません。フレイルサポーターの皆さんの協力もあって、モチベーションが高い状態で活動を継続できています。」
▲ フレイルサポーターによるフレイルチェックの様子
活動宣言ノート「マイプラン」の発行
2016年から介護予防事業を周知するため、「マイプラン」というパンフレットを作成しています。自主運動グループの一覧だけでなく、てくてく体操を取り入れているデイサービス施設、自宅で行える手軽な運動、フレイルチェック、食事アドバイスなども掲載しています。
岡本さん:
「マイプランでは、歯の健康についても取り上げています。自主運動グループに参加されている方でとても元気な90代の方がいらっしゃいます。定期的な運動を行われていますが、何よりも歯がしっかりしていて、入れ歯ではなくすべて自分の歯で食事をされることに驚きます。他の元気な高齢者も歯が健康な方が多く、逆にやせ細った方や元気のない方はお口に課題を抱える方が多いです。フレイル予防には歯の健康状態=オーラルフレイルも気にかけなければなりません。」
田村さん:
「InBodyで測定した筋肉量やSMIの低下の原因を見ていくと、運動不足だけでなく、タンパク質摂取量の低下も見られることから栄養不足も要因として浮かび上がり、更にヒアリングしていくと、歯の健康状態が良くないため、十分な栄養が取れていないことが分かってきました。入れ歯や咀嚼力の低下はお肉など、硬い食べ物を噛み切ることを難しくさせます。近年、『オーラルフレイル』や『口腔機能低下症』が注目されていますが、紀の川市のフレイルチェックの結果を見ると、参加者の約2人に1人がお口の健康に問題を抱えていることが分かり、『お口』と『栄養』が紀の川市の今後の課題であると感じています。」
紀の川市ではオーラルフレイル対策として、地域の歯科医師との連携を企画しています。既存のフレイルチェックに加え、オーラルフレイルチェックも取り入れることで、オーラルフレイルのリスクがある方に対して地域の歯科医院の受診を勧めようと検討しています。その際、InBodyの結果用紙やヒアリングの内容なども地域の歯科医師へ共有する予定です。
田村さん:
「InBodyの測定結果からサルコペニアの評価と原因を探り、その原因に詳しい専門職の方に引き継ぐ流れを作るなど、理学療法士だけじゃなく、様々な専門職の方に協力していただきたいと考えています。InBodyは多職種をつなぎ合わせる『ボンド』だと捉えており、InBodyを通じて様々な分野の方を巻き込みたいと思います。色々な人や物をつなぎ合わせるところは、InBodyと市役所で通じるものがあると感じています。」
市内の事業所・医療機関との連携体制
紀の川市内の事業所でもてくてく体操を取り入れており、自宅から通える場所にてくてく体操がない場合は、事業所の利用を検討する場合もあります。病気やケガで入院した方が退院する際、病院から自主運動グループを案内してもらうことで、高齢介護課に「リハビリ目的で参加したいので体操をしている近くの集会所を教えてほしい」という問い合わせが入ります。地域包括支援センターのケアマネージャーが担当している高齢者に自主運動グループを勧めることもあります。このように、市役所から自主運動グループを発信するのではなく、身近な病院やケアマネージャーから案内してもらい、自主運動グループに誘導しやすい体制を今後もより一層強化していきたいと思います。また、自主運動グループの参加者が近所の知り合いを連れて来てくれることも多く、口コミで広がっていくことで1回きりの参加でなく、継続的に参加してくれるようになります。
田村さん:
「最初は市役所がイベントや介護予防教室を実施するなど、主体的に事業を推進していましたが、市役所はあくまで、環境作り・サポート体制作りのきっかけを提供することが大事だと思っています。」
▲ 口コミで広がるてくてく体操
その一方で、自主運動グループに参加されていた方が病気やケガによって入院する際、病院から市役所に問い合わせが入ることで、それまで集めていたInBodyや体力測定のデータを病院へ提供します。病院は入院するまでのデータを加味して、その方に合う治療方法を選択しやすくなり、健康な状態での数値を知ることで治療の目標を立てることができます。
大井さん:
「例えば、脳梗塞で入院した方の入院1ヶ月後や退院時のデータは論文でたくさん紹介されています。しかし、そのデータはあくまで平均値でしかなく、患者個人のデータではありません。地域でのデータは、患者の入院前データを見ることで患者の状態が把握しやすくなり、治療のゴールも設定できるため、病院で勤務している側からすると、とてもありがたい情報です。私の勤務先である貴志川リハビリテーション病院や他の提携している病院にもInBodyがあるので、入院中もInBodyのデータを取り続けることができて、退院後はまた地域でInBodyや体力測定のデータが蓄積されていきます。このように、各個人のデータを病院や地域で継続的に集めることができる体制を作ることは、地域全体で高齢者を支えることに繋がります。今後も更に病院や介護施設との連携を深めていきたいと思います。」
終わりに
紀の川市の取り組みは他の自治体からも注目度が高く、取り組み内容についての問い合わせが多く寄せられています。フレイルチェック事業に関しては、既に20ヶ所以上の自治体が視察に来ており、現在はコロナのため視察は休止していますが、フレイルチェックについての電話問い合わせは今でも尽きることはありません。
大井さん:
「現在、InBodyをはじめとした5年分の測定データを分析しています。今後、フレイルチェック活動が順次再開できたら、InBody2台をフル稼働して測定を行い、コロナ前後での体成分や健康状態の変化も見ていきたいと考えています。InBodyで測定を始めて感じたことは、とにかく定期的な測定を続けることが大切だと思いました。ただ1回測っただけでは何も始まらず、継続して測って数値の変化を確認して初めて活用できるものだと思います。健康のためを思えば、一生測り続けるべきです。」
田村さん:
「介護予防事業のためにInBodyの導入を考えている行政の方は是非とも、地域の病院やクリニックなど専門職の方の力を借り、地域の方々の状態像を把握すべきです。また、フレイルのことを知らずに、さまざまな計画や企画を立案することはできないと思います。私はInBodyをきっかけとして、フレイルやサルコペニアに興味を持ち、知ることができてとてもよかったと思っています。そして、今取り組んでいるすべての事業は市役所だけの力ではなく、これまで携わっていただいた専門職や市民の皆さんのおかげで成り立っていると思います。これからも皆さんの知恵やお力を借りながら、市民の皆様のためにできることを模索し続けたいと思います。」