動物実験でのインピーダンス測定
-インピーダンスが示す生体情報活用の可能性-

疾患発生機序の解明やその治療法・治療薬の開発において、ヒトへの安全性の観点から、実験動物を用いた研究は必要不可欠となっています。マウスやラットが使用される代表的な動物種として挙げられますが、他にもブタやサルなど様々な動物が現代医学の発展に寄与しています。研究目的に応じて、遺伝子検査・血液検査・生化学検査などを行いますが、InBodyのようなBIA(生体電気インピーダンス分析)機器を用いて、実験動物のインピーダンスを測定する検査も古くから行われています。今回は動物実験における検査指標としてのインピーダンス活用法をご紹介します。


インピーダンスとは

インピーダンスとは、体内に微弱な電気を流した際に発生する電気抵抗値を意味し、電気の流れにくさを表します。交流電流は水分を多く含む除脂肪組織には流れやすく、水分をほとんど含まない体脂肪組織には流れにくい特性があります。つまり、生物に電気を流した際に発生するインピーダンスは体水分量を反映し、体水分量は生理学的理論に基づいて除脂肪量に換算されるため、インピーダンスをモニタリングすることは筋肉量の変化、栄養状態、浮腫、炎症などを示す指標として活用することができます。


細胞内水分と細胞外水分

一般的に、ヒトの体重の約60%が体水分(Total Body Water; TBW)と言われていますが、その水分は細胞内水分(Intracellular Water; ICW)と細胞外水分(Extracellular Water; ECW)に分けられます。そして、健常者では体内のICWとECWの比率が概ね62:38であることが分かっています¹⁾。この比率は医療用InBodyの結果用紙の細胞外水分比(ECW/TBW)という項目で確認できます。ECW/TBWは、怪我や疾患起因の健康状態や栄養状態の変化、加齢による筋肉量の減少などの影響でECWの増加やICWの減少が発生した結果、その比率が崩れる場合があります。

ECW/TBWは実験動物でもヒト同様に変化が生じます。動物種によってはもちろん比率の差がありますが、正常な個体であればほぼ一定の比率を維持します。そして、実験過程で体水分の変化が起こった場合、それに伴ってECW/TBWが変動します²⁾。
※ECW/TBWの詳しい見方は、トピック「体水分均衡の特徴と重要性」をご参照ください。


多周波数測定の必要性

体水分量の変化はインピーダンスの変化に表れますが、適切な評価を行うには、前述のようにICWとECWを分けて測定する必要があります。循環器疾患や腎疾患など浮腫を伴う症状がある場合は体内に余分な水分が溜まることで体水分量が増加しますが、主に間質液の増加によってECWが増加します。一方、トレーニングなどを行って筋肉が成長した場合でも同様に体水分量は増加しますが、ICWとECWの両方が一定の比率を保ちながら増加します。低栄養状態や加齢に伴って筋肉量が減少すると、ICWが減少しますが、それに伴って他の要因でECWが増加していると、ICWの減少とECWの増加が打ち消しあった結果、全身の体水分量が変わらずに見えることもあります。

ヒト対象のBIA測定であれば、上記のようにICWとECWを区分して水分量の数値としてモニタリングが可能ですが、実験動物に対してはまだまだ適用されていない状態です。しかし最初にお話ししたように、体水分量の変化はインピーダンスの変化に表れるため、実験動物であってもインピーダンスをモニタリングすることで体水分量の増減を確認することができます。ICWとECWを区分しながら、体水分量の変化をインピーダンスで読み解くには、異なる周波数を持つ複数の交流電流を用いた多周波数測定が必要となります。

低周波の交流電流は細胞膜を通過できずないため主にECWを反映したインピーダンスが、高周波の交流電流はICWを含んだTBW全体を反映したインピーダンスがそれぞれ計測されます³⁾。周波数ごとのインピーダンスの変化をモニタリングすることで、ICWもしくはECWの変化か、またはその両方の変化なのかを読み解くことが可能となります。
※多周波数測定について詳しくは、「InBodyの技術」ページをご参照ください。


位相角で細胞の状態をモニタリングする

生物に交流電流を流した際に発生するインピーダンスは、体水分で発生する電気抵抗(レジスタンス)と、細胞膜を通過する際に発生する電気抵抗(リアクタンス)の大きく2つに分けることができます⁴⁾。近年、細胞レベルでの健康度を表す指標として、位相角が用いられています。位相角はリアクタンスを角度で表した値です。リアクタンスは交流電流が細胞膜を通過する際に生じる電気抵抗を意味するため、細胞膜の完成度によってその数値は変化します。

細胞膜の構造は、リン脂質を主成分とする脂質二重層構造をとっており、他には膜タンパク質などで構成されます⁵⁾。細胞膜の脂質や膜タンパク質の密度が低くなる(=細胞膜の完成度が低くなる)と交流電流は流れやすくなるため、リアクタンスは小さくなり、位相角は低くなります。逆に、細胞膜の脂質や膜タンパク質の密度が高くなる(=細胞膜の完成度が高くなる)とリアクタンスは大きくなり、位相角は高くなります。

位相角は細胞膜の構造的完成度や生理機能レベルを示す指標として活用することができます。ヒトを対象とした研究においては、進行がん患者における生存率の予測⁶⁾や、重篤患者の重症度評価⁷⁾、低栄養を示す指標⁸⁾など、様々な分野で広く活用されています。

位相角は、生物に交流電流を流した際に発生するインピーダンス情報から算出するため、実験動物の種類に関わらず、算出することが可能です。基礎研究から開発研究まで幅広い分野で定量的な評価指標として使用できることが想定され、経時的に変化を追うことで細胞レベルでの状態変化をモニタリングすることが可能です。


終わりに

インピーダンス測定の歴史を振り返ると、19世紀にまで遡ります⁹⁾。今日に至っては、インピーダンスを基に各種体成分を測定できるBIA法を用いた体成分分析装置が発明され、臨床現場で広く活用されています。
※体成分分析装置の技術について詳しくは「BIA技術の限界と克服-Part2:最新技術-」をご参照ください。

実験動物の筋肉量や体脂肪量などを簡易に算出できる装置の開発は、動物種の違いによる体格の差や特定変異を持つモデル動物などの要因によって、正確な体成分を算出するアルゴリズムを組むことは、現時点では非常に困難です。特定の動物種・週齢・環境下に限定した個体群であればおおよその値を求めるアルゴリズムを組むことは可能かもしれませんが、実験中の僅かな変化を敏感に反映することが難しくなること、もしくは条件に当てはまらない個体群を対象とした場合、誤った値が算出される恐れがあります。

以上から現状では、実験動物に対してインピーダンス測定を行った場合、実測値であるインピーダンスと位相角を主に活用する必要があります。これらの指標はまだ有効的な活用方法が確立されていませんが、その大きな要因の一つはどのように利用できるのかというエビデンスが不足していることが挙げられます。しかし、BIA法はヒトに対する臨床研究で数多く使用されています。その豊富なエビデンスがある現在では、その結果を実験動物での研究に応用することが可能な状況になりつつあります。
※InBodyを用いた研究活用事例(論文紹介)はこちら

細胞レベルの健康状態・栄養状態の変化を確認できるインピーダンス測定は、実験動物を用いた様々な研究において有用な指標として活用できる可能性があります。これまであまり検討されていなかった新たな生体情報を得る手段として、InBodyによるインピーダンス測定を是非一度お試しください。

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※入力欄の[製品名]にInBody M20、[お問い合わせの内容]に測定を試されたい動物種を記入いただきますようお願いいたします。

参考文献
1. Wang ZM, Pierson RN Jr, Heymsfield SB. The five-level model: a new approach to organizing body-composition research. Am J Clin Nutr. 1992;56(1):19-28.
2. 塩飽善友, 急性腎不全犬の体液分布と電解質、浸透圧に関する実験的研究,岡山医学会雑誌, 1976 年 88 巻 3-4 号 p. 261-273
3. Kichul Cha et al., Wilmore. Multifrequency bioelectrical impedance estimates the distribution of body water. Journal of Applied Physiology 1995;79(4),1316-1319.
4. Kenneth R Foster and Henry C Lukaski. Whole-body impedance what does it measure? Am J Clin Nutr l996;64:388S-96S
5. Rudolph J. Liedtke. The fundamentals of bioelectrical impedance analysis. February 1, 1998
6. Hui D et al., Association Between Multi-frequency Phase Angle and Survival in Patients With Advanced Cancer. J Pain Symptom Manage. 2017 Mar;53(3):571-577.
7. Ko SJ et al., Phase Angle and Frailty Are Important Prognostic Factors in Critically Ill Medical Patients: A Prospective Cohort Study. J Nutr Health Aging. 2021;25(2):218-223.
8. Kubo Y et al., Relationship between nutritional status and phase angle as a noninvasive method to predict malnutrition by sex in older inpatients. Nagoya J Med Sci. 2021 Feb;83(1):31-40.
9. McAdams ET, Jossinet J. Tissue impedance: a historical overview. Physiol Meas. 1995;16(3 Suppl A):A1-13.