神戸労災病院
-フレイル外来の必要性-
✓InBodyを活用する目的
● 栄養相談や人間ドック、様々な診療科の診療で活用するため
● 体成分を正確な数値で把握し、栄養相談においてより詳細なアドバイスをするため
● フレイル外来で患者の身体の状態を正確に把握するため
✓InBody720導入の決め手
● 体重のみでの評価では限界を感じていたが、InBodyでは筋肉量や体脂肪量から治療効果を評価できる点
● 測定時に痛みなどがなく、患者への負担がかからない点
✓得られた効果
● 数値があることで患者への説明がしやすくなった
● 明確な数値で体成分が示されるので、医療従事者も患者自身も治療効果を確認でき、数値の変化に対する感情を共有できる
機種モデル:InBody720
独立行政法人労働者健康安全機構 神戸労災病院は兵庫県神戸市にある総合病院です。労災病院は働く人々の生活を医療の面から支えるという理念を掲げ、治療・リハビリテーション・職場復帰に至るまで、一貫して高度な専門的医療を提供している他、疾患予防・定期健診などの健康増進活動にも取り組んでいます。
神戸労災病院では、2020年2月から関西圏初となる「フレイル外来」を設置しています。「フレイル」とは日本老年医学会が提唱した用語で、英語の「frailty(フレイルティ=虚弱)」に由来します。高齢期に生理的予備能力が低下することでストレスに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害・要介護状態・死亡などの転帰に陥りやすい状態です。筋力低下によって動作の俊敏性が失われて転倒のリスクが高まるなどの身体的問題のみならず、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題、独居や経済的困窮などの社会的問題もフレイルの概念に含まれます¹⁾。また、フレイルは要介護になる一歩手前の状態を指すため、状態が悪化して要介護にならないように予防・改善していく必要があります。特に最近はコロナ禍の影響で高齢者の閉じこもり・活動量の低下によるフレイル増加が懸念されています。
実習で出会った、病院の管理栄養士
▲ 久永 文さん
栄養管理室・室長の久永 文さんは管理栄養士として各診療科の患者に向けた栄養相談を行いながら、フレイル外来に携わっています。
「実家が飲食店を経営している影響で元々食に興味があり、料理することが好きでした。栄養士の資格を取るために短大へ進学し、卒業後は実家の飲食店を手伝おうと考えていました。しかし、短大の実習で病院に行ったときに食を通して人の健康を担う職業があることを知り、私でも人を救える仕事があることに感動し、そこから病院の管理栄養士を目指すようになりました。」
久永さんは短大卒業後、病院や老人保健施設、健診バスの同行など様々なフィールドを経験し、現職に至ります。
「老人保健施設では高齢者の摂食嚥下、健診バスでは公衆衛生について学ぶことができました。健診バスの同行では健診に来られた方に対して、当日の測定結果をもとに食事面からフィードバックを行っていました。1日に100人近くを測定する中で、多くの測定結果から瞬時にその方の特徴を見抜く必要があり、たくさんのデータから必要な情報を読み取る力はこの時に培われたと思います。」
当時の病院の管理栄養士と言えば、病院内の厨房で慌ただしく病院食を作り、患者と直接言葉を交わすことはほとんどありませんでした。しかし、NSTという考えが広まってチーム医療が発展してからは、管理栄養士も厨房を出て、糖尿病チームや心臓リハビリテーションチームなどに所属することが当たり前になってきました。現在、神戸労災病院には管理栄養士が4名在籍しており、それぞれ複数の病棟やチームを担当しています。
InBodyの導入で発展するチーム医療
▲ 栄養相談室に設置されているInBody720
神戸労災病院は2007年にInBody720を導入、現在は2台の機器を運用しています。InBodyは主に栄養相談や人間ドックで使用されていますが、それだけに留まらず、様々な診療科の患者も測定しています。そのため、月の測定件数は2台合わせて500件を超えることもあり、病院全体にInBody測定が定着しています。
「InBody導入前の栄養相談では、患者さんの評価指標として体重のみを使用していました。しかし、体重のみを使用した栄養相談では体成分の何が変わって体重が変化したかまでは分からず、限界を感じていました。院内のチーム医療が進んで心臓リハビリテーションチームに管理栄養士が正式に加入することになった際、筋肉量や体脂肪量から治療効果を評価できる良い機器はないか探していました。同時期に、系列病院からInBodyが移設されたのがちょうど良いタイミングだったと思います。そこで、私たちから浮腫や筋肉量を評価できるInBodyを使ってみてはどうかとチームに提案しました。InBodyは測定時に痛みがなくて患者に負担がかからない検査なので、評価指標として取り入れやすかったです。」
現在は心臓リハビリテーションだけでなく、院長先生もInBody測定を奨励していることから、禁忌事項であるペースメーカーを埋め込まれている方、妊婦の方※、立位測定が難しい車いすの方を除く患者全員を測定する流れになりつつあります。例えば、心不全で入院される方は➀予定入院時もしくは入院当日➁退院前➂退院後から1回目の外来受診時、の計3回は必ず測定し、退院した後も継続して測定を行います。また、神戸労災病院の人間ドックには、InBody測定が必須項目として組み込まれています。
※妊婦を測定することは可能ですが、担当医師と体調を相談した上で測定する必要があります。
栄養相談室では現在、外来患者・入院患者合わせて約600名に栄養相談を行っています。
「先生が患者さんに栄養相談を処方する場合は、InBody測定を必ずセットにしてくださっています。私たちがInBody測定と栄養相談を行った後は、測定結果用紙とフィードバック内容を先生へ報告する流れになっています。特に循環器の先生はInBodyの結果を参考にしておられ、結果があることで患者さんへの説明がしやすくなるようです。」
全国でも数少ないフレイル外来の開設
2020年2月に開設されたフレイル外来は全国でもまだ数が少なく、神戸労災病院の当科は関西圏初となります。フレイル外来では医師や管理栄養士などの多職種チームが診察やフレイル予防の指導にあたっています。
「フレイル外来の構想は元々あり、以前からサルコペニアに注目して学会などで発表を続けていました。2018年頃から厚生労働省がフレイルについて喚起するようになって当院でもサルコペニアからフレイルにシフトしていくようになりました。フレイルが新聞などで大々的に言われるようになって、フレイル外来の必要性が高まっていると感じ、副院長先生とフレイル外来の開設を検討したのが始まりです。フレイル外来は機能評価や運動処方が必要になるので整形やリハビリが主体になることが多いですが、当院では循環器が主体となって運営しています。」
現在、毎週火・木曜日の午後にフレイル外来を設け、1日に初診2名と再診2名の診察を行っています。コロナ禍の影響で受診人数は予想より伸びていませんが、それでも開設から1年余りで約70名の方が受診しています。初診では「医師の診察」「理学療法士による運動機能評価(10m歩行・TUGテスト・5回椅子立ち上がりテスト・開眼片脚立位など)」「管理栄養士によるInBody計測・握力・オーラルフレイル・栄養相談」を行います。そして、初診から3ヶ月後に管理栄養士が電話で栄養相談を行い、初診から6ヶ月後に医師が病院で診察、この2つのサイクルを継続します。受診者は主に70代の高齢者が多く、約7割が女性です。神戸市近辺から受診される方が多いですが中には大阪から通う方もいます。
「NHKのニュースやパンフレットなどでフレイル外来を知って、受診される方が多いです。地域連携も進めているので、かかりつけの先生から紹介していただくことも増えています。ご家族がご両親・祖父母のことを心配して一緒に受診されたり、旦那さんが奥さんのことを心配してご夫婦で受診されたりするケースもあります。健康志向が高い方は自分から受診されますが、自分がどれくらい弱っているかを知ることはどうしても抵抗があるので、身近な家族から受診を勧めてもらうことが多いです。フレイルは病気の1歩手前の状態です。病院は病気になってから治療を始めることが一般的ですが、その1歩手前の状態から介入していくことで、疾患予防や病気になった時の予後改善に繋がります。私たちは厚生労働省が管轄する ”働く人のための病院” なので、働く人がご両親の介護を理由に離職することを防ぐ必要があります。実際、ご両親の介護による離職率は上がっています。ご両親が病気をせず元気に過ごすことで、お子さんも安心して働くことができます。そういった面で、労災病院にフレイル外来があることの重要性を感じています。」
フレイルチェックとInBody結果用紙の説明
▲ 後期高齢者の質問表(厚生労働省「高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン第2版」より引用)
▲ オーラルフレイルのスクリーニング問診表(神奈川県「オーラルフレイルチェック メディカルスタッフが用いるプログラム」より引用)
「栄養相談では、厚生労働省が出しているフレイルチェックシートと神奈川県で発表されているオーラルフレイルチェックシートを使用しています。たくさん質問してしまうと高齢者の方も混乱してしまうので、簡潔に回答できるこれらのシートを使用しています。例えば、オーラルフレイルはお口の健康が低下している状態で、栄養のある食事を咀嚼することが難しくなってフレイルを助長しかねません。そのため、危険性が示された方は先生が歯科医の受診を勧めたり、摂食嚥下に関する指導を行ったりします。また、骨粗鬆症の疑いがある方は院内の骨粗鬆症外来の受診を勧めます。更に、フレイル外来での診断内容(生化学検査、InBody測定結果、栄養・運動評価、骨密度など)をかかりつけの先生へ共有し、フレイルの予防や改善に一緒に取り組んで行くこともあります。」
栄養相談ではInBody結果用紙の説明も行います。受診される方の多くは下肢筋肉量が少なく、転倒のリスクが高くなっているため、特に部位別筋肉量のバランスについて説明します。一方で、立ち上がるときに腕で体を支える・階段で手すりを持つなど腕を使うことが多いせいか、上肢筋肉量は比較的多いのが特徴です。部位別筋肉量のバランスが悪い方は、理学療法士による運動機能評価でも結果が悪い傾向にあります。また、体脂肪率が高い方も多いので、タンパク質を摂らずにお菓子や果物ばかりを食べていないかも確認します。筋肉量の減少と体脂肪率の増加はフレイルの悪化に繋がるので、食事内容の変更や脂肪になりやすい食品などを一緒に説明します。加えて、ECW/TBWの数値を見ながら浮腫の程度も評価します。
「ECW/TBWが標準範囲の0.400を超えていて既往歴から浮腫の疑いがある場合は、浮腫を加味したアドバイスとして、浮腫に繋がりやすい食べ物や体の冷えを予防する方法なども説明しています。浮腫における血液循環や筋肉のポンプ作用については先生や理学療法士さんから説明してもらいます。」
栄養介入による実例紹介
栄養相談でのアドバイスによって、体成分が改善された実例をご紹介します。
ケース➀ 低栄養による極端な痩せ型の72歳女性
※実際の結果用紙とは一部異なります。
初診時、体重34.0kg、BMI13.8と低栄養による極端な痩せ型でした。3年後の測定結果では、依然痩せ型ではありますが体重が1.9kg増加しています。骨格筋量と体脂肪量の変化を確認すると、骨格筋量+2.7kg・体脂肪量-2.2kgと理想的に変化していることが分かります。
「聞き取り調査より、この方はベジタリアンであることが分かりました。食事は1日2食で、主なタンパク源は大豆製品、金時豆や小豆など炭水化物も多く含む食品でした。そこで豆乳ヨーグルトにきなこを入れて、少量ずつ・複数回に分けて摂っていただくことを提案しました。」
▲ 上:初診の結果用紙、下:3年後の結果用紙
細胞内外の水分バランスを表すECW/TBWは、浮腫起因の細胞外水分量の増加によって水分バランスが崩れて高くなりますが、加齢や低栄養によって筋肉量が減少しても、細胞内水分量の減少によって高くなる場合があります。この女性は浮腫+筋肉量の減少によって、ECW/TBWがより一層高くなっています。しかし、3年後の測定結果を見ると全身ECW/TBWが0.425→0.407に低下しており、水分バランスの崩れが治療や栄養介入の効果によって改善していることが確認できます。
※ECW/TBWについては、トピック「体水分均衡の特徴と重要性」もご参照ください。
▲ 左:初診の結果用紙、右:3年後の結果用紙
ケース➁ 肥満の43歳男性
※実際の結果用紙とは一部異なります。
標準体重(68.1kg)※だけで判断すると過体重と判断されます。しかし、体脂肪量だけでなく、骨格筋量も多い方なので、この方の適正体重は約87kgであることが分かります(結果用紙右下「体重調節」)。筋肉量を維持しつつ、体脂肪量を落としていく指導を行っていった結果、約8ヶ月で-9.6kgの減量に成功しました。骨格筋量と体脂肪量の変化を確認すると、骨格筋量-1.7kg・体脂肪量-6.7kgとなっており、体脂肪量を中心に減量できていることが分かります。
「学生時代はスポーツマンだったそうです。社会人になってから運動量は減少しましたが食事量は変わっていなかったため、肥満に繋がってしまいました。炭酸飲料やジュース、コーヒーなどを好み、毎日飲んでいました。飲料分だけで1日180g相当の砂糖を摂っていることになります。そこで、カロリーゼロの飲料に変更することをお願いしました。また、元々の骨格筋量は多いので、簡単な体操やストレッチをお勧めしました。」
肥満の方は受診してから6ヶ月が継続・離脱の転機と言われており、減量を頑張っていても6ヶ月を超えると1人ではどうしても減量を諦めてしまうことが多いです。従って、定期的な受診を促してフォローを続けることで、継続して減量に取り組むことができます。
※InBodyの標準体重=身長(m)×身長(m)×BMI(男性22/女性21)
▲ 上:初診の結果用紙、下:8ヶ月後の結果用紙
「体重が変わっていないからといって、頑張った効果がなかったとは言い切れません。例えば、筋肉量が1kg増加して体脂肪量が1kg減少していたのなら、トータルの体重が変化していなくても十分効果があったと言えます。定期的にInBodyを測定して数値の推移を確認することは、先生や私たちが治療の効果を確認する目的もありますが、一番の目的は患者さんが自分の体の変化をご自身で確認することです。InBodyは患者さんと数値の変化に対する感情を共有できる関係づくりにも役立っています。」
終わりに
▲ 栄養相談室の皆様
「私は『栄養指導』という言葉があまり好きではなく、できる限り『栄養相談』という言葉を使うようにしています。指導ではなく悩み事を聞く、相談を気軽にできる立場でありたいという想いがあるからです。『栄養指導』だと、来られる方のハードルが高くなって、厳しいことを言われてしまうのではないかと心配される方が少なからずいらっしゃると思います。そして、栄養相談は検査当日に受けていただくのが大事だと思います。検査結果を聞いて自分の体に危機感を覚えているうちに栄養相談を受けていただくと、健康意識がより一層高まります。『今日はなんで栄養相談がないのですか?』『栄養相談を入れてください!』と、逆に患者さんからご指名をいただくことも多いです。それだけ患者さん自身が栄養面について積極的に考えてくださっていると、私たちもとてもやりがいを感じます。」
取材中にも、外来に来られていた方が少し話をするためにふらっと栄養相談室に立ち寄られたシーンがあり、普段から気軽に相談できる温かい雰囲気作りをされていることが伺えました。
「体力が落ちたとお悩みの高齢者の方がいらっしゃいましたら、悩まずにフレイル外来を受診してほしいです。最初は自分の評価を聞いて落ち込むかもしれませんが、フレイルは1回受診するだけで解決する問題ではないので、継続して受診していただきたいです。定年後の第二の生活を豊かに過ごせるよう、少しでも気になる症状があれば受診してほしいと思っています。最近は社会的フレイルにも注目が集まっているので、お話しに来てくれることが社会的フレイルの予防にも繋がればと思います。」
現在、フレイル外来での全検査項目とそれについての評価やアドバイスを記載したフレイル外来の総合評価シートを作成しています。これによってチーム全体で患者にアプローチできるようになり、受診された方にも測定結果が理解しやすくなります。また、コロナ禍が収まったら、食事をしながら栄養や運動の話を聞いてもらうランチョンセミナーも検討されています。更に、フレイル外来をセンター化しフレイル入院も予定しています。
「今後はがんや化学療法にも関わっていきたいと考えています。投薬治療中の副作用に対して、こういったものだったら食べやすいなど、少しでも栄養を摂れるようにアドバイスができたらと思います。悪液質と骨格筋量の関係や、腸内環境改善による自己免疫の向上などにも興味があります。これから栄養介入は勿論、治療やリハビリの効果をInBodyで測定・精査することで、管理栄養士が活躍できる場が更に広がってくれると嬉しいです。」
参考文献
1. 日本老年医学会, 「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」