サルコペニアの理解に必要なこと

現代人はこれまで以上に長生きできるようになりました。日本は世界的にも長寿国として知られていますが、健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間の ”健康寿命” はどうでしょうか? 日本の平均寿命は2016年には男性80.98歳、女性87.14歳で、1947年の男性50.06歳、女性53.96歳から増加し続けていますが、健康寿命の男性72.14歳、女性74.79歳と大きな差があります¹⁾。50歳以降で筋肉量は1~2%減少します。60~70歳では平均5~13%、80歳を超えると11~50%も筋肉量が減少してしまいます²⁾。筋肉量の減少は機能的能力の低下や、健康リスクに繋がります。日常生活が困難になれば、生活の質が低下し健康寿命にも影響します。

加齢に伴って、体成分は変化していきます。加齢が原因で筋肉量と筋力が低下することをサルコペニアといいます。身体活動量の低下や食事の変化が筋肉量減少をもたらし、筋肉量減少が手術への耐性低下や腰痛・関節痛、寝たきりなどの原因にもなっています。心血管疾患や生活習慣病などの慢性疾患を予防する方法として、栄養管理や運動療法が注目されますが、体成分に着目したアプローチは実施されていないということがよくあります。サルコペニアに関しても同様で、体成分の観点から健康管理できるということを忘れないでください。

次にサルコペニアのリスクと対策について、詳しく説明していきます。


サルコペニアとは?


サルコペニアとは、ギリシャ語で筋肉を意味する「sarx」と喪失を意味する「penia」を組み合わせた言葉です。サルコペニアは加齢に起因する筋肉量の低下と筋力の低下を指すので、病気の結果としてではなく、自然な老化過程であるといえます。悪液質はがんなどの疾患が原因で栄養失調になるので、筋肉量や体脂肪量の喪失を制御することはできませんが、サルコペニアは栄養療法と運動療法から改善が可能です。

加齢に伴って筋肉量が減少するだけでなく、体脂肪量が燃焼されずに体内に残ってしまうケースが増えています。このような状態をサルコペニア肥満といいます。InBodyのデータベースによれば70代高齢者の筋肉量は20代と比べると、男性は平均11.2kg、女性は4.6kg少なくなっています。又、70代高齢者の体脂肪量を男性と女性で比べると、女性が平均4.5kg重いことが示されています。女性の方が筋肉量が少なく体脂肪量が多いため、サルコペニア肥満へのリスクが高くなります。サルコペニア肥満については、後ほど詳しく説明していきます。


サルコペニアの原因は?


サルコペニアの原因は、加齢・タンパク質摂取不足・ホルモンの機能低下・身体活動の低下などが挙げられます。また無理なダイエットや食事制限が筋肉喪失を招いたり、サルコぺニアの進行を速めたりする可能性もあります。

加齢
京都大学の研究で、サルコペニア有病率が男性65~69歳の2.6%から85~89歳の75.0%まで増加すること、女性65~69歳の11.5%から85~89歳の54.3%まで増加することが報告されました³⁾。加齢による筋肉量減少は活動の変化に関連しています。多くの研究者達が、老化による筋肉喪失を食い止める方法を模索しています。

ホルモンの機能低下
テストステロンはサルコペニアと深い関連があります。テストステロンは性ホルモンの一種で、筋肉量を増加させるのに役立ちます。テストステロンが加齢と共に低下し始めると、筋タンパク質の合成を減少させるだけでなく、筋肉修復に不可欠な細胞再生を減少させてしまいます。筋タンパク質の分解が合成を上回ることで、サルコペニアのリスクが高まります。

タンパク質摂取量の減少
老化がサルコペニアに関連する大きな要因は、高齢者が通常の食生活を維持することが難しく、エネルギーやタンパク質の摂取不足、吸収不良などで栄養状態が悪くなるためです。運動と適切なタンパク質摂取を組み合わせることが、サルコペニア予防に効果的です。特に必須アミノ酸は体内で合成できないので、食品から摂取する必要があります。“必須アミノ酸がバランスよく含まれている食品=良質なタンパク質を含む食品” です。

身体活動の低下
高齢者は若者よりも座りがちな傾向があります。高齢になると運動の機会が減ることや閉じこもりによって身体活動量が低下します。定期的なレジスタンス運動は、筋肉量維持と筋肉強度の向上に役立ちます。

炎症性サイトカインの増加
偏った食事と運動不足によって内臓脂肪が貯蔵されますが、この脂肪組織がTNF-α・IL-6などの炎症性サイトカインを生成し、筋委縮やサルコペニアを促進させると言われています⁴⁾。内臓脂肪量の増加(腹部肥満)は筋肉量の減少で悪化するため、サルコペニアを進行させる要因となります。

疾患に関連した栄養失調
疾患に罹患している人、長期間病院で治療を受けている人は、栄養失調のリスクが高まります。うっ血性心不全(CHF)、末梢動脈疾患(PAD)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの心血管疾患および呼吸器系疾患は、中年期に発症する傾向があります。高齢な有病者は若年者よりも筋肉成分の消耗が著しく、機能低下を起こすスピードが速くなります。又、インスリン分泌の低下・インスリン抵抗性の発症も筋肉喪失を加速させるので、糖尿病もサルコペニアに関連しています。

体成分の悪化を加齢だけのせいにしてはいけません。適度な身体活動とバランスの取れた食事を心掛け、日々健康的に過ごしていますか? 体調管理を怠れば、筋肉量の減少を食い止めることはできません。健康的な食事で、余分な脂肪蓄積を防ぐことができます。


サルコペニア肥満


“サルコペニア肥満” という言葉を聞いたことがない方は、”隠れ肥満” ならどうでしょうか? 隠れ肥満は運動不足の現代人に多く見られる体型で、体は細くて見た目は普通ですが、体脂肪が多く筋肉が少ない状態です。体重が適正でも体成分は肥満の人と似たような構成なので、過体重の肥満体型と同様に心血管疾患や糖尿病などの疾患を発症するリスクがあります。サルコペニアは不健康な食生活と運動不足に関連するため、特に栄養管理と運動を怠るとサルコペニア肥満になる可能性が高くなります。これは高齢者に限ったことではありません。体重だけでなく、体成分に焦点を当てることが重要です。

サルコペニアやサルコペニア肥満であるかを、どのようにして調べることができるでしょうか? 体成分分析を使用して経時変化を観察してみましょう。体脂肪量が増加している中、筋肉量が減少しているとすれば、サルコペニア若しくはサルコペニア肥満の可能性があります。体成分を知ることで健康へのリスクを理解し、サルコペニアを予防してください。


サルコペニアの診断

日本・中国・韓国・マレーシア・タイなどの研究者により組織された、アジアのサルコペニアワーキンググループ(AWGS)では、アジア人におけるサルコペニアの評価基準を次のように定めています。

5)から引用

評価の中の骨格筋量評価(65歳以上: 男性<7.0kg/m²、女性<5.7kg/m² 50-64歳: 男性<7.6kg/m²、女性<5.7kg/m²)で使用できる検査機器の一つがInBodyです。InBody結果用紙の研究項目内にあるSMIという項目が、この骨格筋量を評価する際に必要になります。2014年にAWGSがサルコペニアの評価基準を発表してからは、国内におけるサルコペニアの評価もその基準を用いることが多くなりましたが、AWGS の定めているSMI の定義や基準が絶対的なものではありません。例えば、研究者によってはサルコペニアの評価にInBody の全身骨格筋量とその標準範囲をそのまま使用することがあれば⁶⁾、浮腫の症例にて筋肉過水和(Over-hydration)の影響を少なく受ける腕の骨格筋量のみを使用するなど⁷⁾、独自の基準も多く発表されています。


サルコペニアの対策


現在、サルコペニアの明確な治療法はありませんが、筋肉喪失を和らげ、予防する方法はいくつかあります。日焼けをする前に日焼け止めクリームを塗ることと同じように、サルコペニアを発症する前に予防措置を講じることが重要です。

1) エクササイズ
レジスタンス運動は高齢の人でも効果が報告されています。レジスタンス運動は神経筋機能の向上と筋肥大を誘発します。これらの変化は加齢による日常生活動作(ADL)能力の低下を改善させる期待もあります。筋肉量を十分に保持し、早期筋肉分解を回避するためにも若いうちからレジスタンス運動を実施することが重要です。

2) タンパク質摂取量を増やす
タンパク質は筋肉組織の構成や修復に不可欠です。厚生労働省が2015年に報告した日本人の食事摂取基準の概要によると、18歳以上の成人における1日のタンパク質推奨量を男性は60g、女性は50gと定めています⁸⁾。すでにサルコペニアの兆候がある人は、タンパク質摂取が更に必要です。加齢によって、タンパク質を体内に取り込む能力が低下するため、高齢者もより多くのタンパク質を摂取する必要があります。

3) アミノ酸摂取量を増やす
タンパク質を形成しているアミノ酸のうち、体内で合成することができないアミノ酸を必須アミノ酸といいます。必須アミノ酸は食事やサプリメントから摂取する必要があり、中でもBCAA(分岐鎖アミノ酸)であるロイシンは筋肉の合成に非常に重要な役割を果たしています。運動やタンパク質摂取をして筋肉を合成しようとしても、筋肉の部品となる必須アミノ酸がなければ効率が悪くなります。

4) ホルモン補充療法
テストステロンや成長ホルモンの投与によって筋肉量が増加する⁹⁾と報告されていますが、現在のところホルモン補充療法はサルコペニアの治療として推奨されていません。将来的には治療法の1つとして選択肢になる可能性があります。

5) ビタミンDが足りていることを確認
ビタミンDの不足は体成分・食事・ホルモン状態に関わらず、筋肉減少と関連します。ビタミンDは骨の健康だけでなく、加齢による筋肉喪失を回避するためにも重要です。


終わりに

加齢には、嬉しい成長やそれほど好ましくない老化など、多くの変化があります。体成分を活用することで年齢と共に変動する筋肉量を管理することができます。定期的に体成分測定をすることで、実際に起こっている体内変化をより正確に把握できます。健康寿命を延ばして、楽しく年を重ねていきましょう。

参考文献
1. 平成28年「簡易生命表の概要」「国民生活基礎調査」 厚生労働省
2. Stephan von Haehling et al., An overview of sarcopenia: facts and numbers on prevalence and clinical impact. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2010 Dec;1(2):129-133.
3. M Yamada et al., Prevalence of sarcopenia in community-dwelling Japanese older adults. J Am Med Dir Assoc. 2013 Dec;14(12):911-5.
4. Ai-Lin Bian et al., A study on relationship between elderly sarcopenia and inflammatory factors IL-6 and TNF-α. Eur J Med Res. 2017 Jul 12;22(1):25.
5. Chen, LK. et al. A focus shift from sarcopenia to muscle health in the Asian Working Group for Sarcopenia 2025 Consensus Update. Nat Aging. 2025.
6. T. Kaido et al., Impact of sarcopenia on survival in patients undergoing living donor liver transplantation. Am J Transplant. 2013 Jun;13(6):1549-56.
7. Motoh Iwasa et al., Evaluation and prognosis of sarcopenia using impedance analysis in patients with liver cirrhosis. Hepatol Res. 2014 Oct;44(10):E316-7.
8. 日本人の食事摂取基準(2015年版)の概要 厚生労働省
9. Manthos G. Giannoulis et al., Hormone replacement therapy and physical function in healthy older men. Time to talk hormones? Endocr Rev. 2012 Jun;33(3):314-77.