ストレッチ -運動を始めるその前に-

12月に入り、多くのイベントが控えています。忘年会、クリスマス、お正月、新年会。家族や友人、会社の同僚と飲んだり食べたりしながら、とても有意義な時間を過ごすことでしょう。そして、ふと体重計に乗ると、たくさん飲み食いしたことにより、見たことのない体重が表示されることもしばしば…。それを嫌い、イベント自体に参加することをためらう人も中にはいるのではないでしょうか? 増えすぎた体重を見たあなたは、これをきっかけに普段しないウォーキングやランニング、ジムに通うといった運動を始めると思います。しかし、今まであまり運動をしていない人が焦って急に運動を始めると健康になるどころか怪我に繋がってしまいます。怪我なく安全かつ効果的に運動を行うためには運動前後のストレッチがとても重要です。今回はストレッチについてお話します。


ストレッチを行う効果

運動する前になんとなくストレッチを行っている方はたくさんいると思います。しかし、なぜストレッチをするのかちゃんと理解しているでしょうか? ストレッチを行う効果を理解しているかどうかでストレッチを行う意識が大きく変わるでしょう。

1) 関節可動域を広げ、柔軟性を生む

筋肉だけでなく、関節の柔軟性も年齢と共に低くなります。前はできていた動きが久しぶりにやってみると、できなくなっていた経験は誰しもあると思います。柔軟性が低下すると筋肉が硬くなり、伸縮性がなくなっていきます。その結果、過度な張力がかかりやすい骨と筋肉の付着部分や腱の炎症が起こりやすくなります。それを知らずに昔と同じ感覚で運動を行うと、無理な関節の動きを強いてしまい、腰痛などの関節痛や筋損傷に繋がります。ストレッチを行うことで現在の自分の関節可動域を知ることができます。また、継続的にストレッチを行うことで、関節の可動域を広げて柔軟性を高め、筋肉や腱に無理なく運動を行うことができます。

2) 筋肉の緊張を和らげる


ある運動を一定時間連続して行ったあと、その部位が痛くなってきたという経験があると思います。これはオーバーユース障害と呼ばれます。一般的にスポーツでの怪我は➀衝突などの突発的なアクシデントによって発生するスポーツ外傷(捻挫、肉離れなど)と、➁同じ動作を繰り返して起きる慢性的な痛みであるオーバーユース障害 の2つに分けられます。オーバーユース障害で代表的なものがこうした筋肉の使い過ぎによる腰痛などの関節痛です。筋肉は伸びたり縮んだりしながら動いています。しかし、同じ動作を繰り返していると、伸び縮みが頻繁になってしまうので、その部位の筋肉はやがて弾力性を失い、硬くなってしまいます。硬くなった筋肉は、血液を送り出すポンプとしての働きが弱まってしまい、血液が流れづらくなります。その結果、老廃物が溜まりやすくなることから疲労回復が遅くなったり、腰痛などの痛みを発生させてしまいます。また、そういった血行不良は余分な水分貯留によるむくみや、血液滞留による冷えなどの原因にもなります。ストレッチを行うことでこういった様々な体調不良を改善することができます。InBodyの細胞外水分比(ECW/TBW)を確認してみましょう。この項目は怪我の炎症マーカとして反応するだけでなく、水分貯留(むくみ)も反映して値が高くなることが知られています。
※ECW/TBWの標準範囲は0.360~0.400で、一般的にECW/TBWは0.400を超えると高いと評価します。

3) 血液循環促進による疲労回復


筋肉を伸ばしてあげることで血液循環が促進されます。血液がよく循環するようになると、酸素や栄養が身体の隅々まで行き渡るだけでなく、筋肉内の血液に存在する疲労物質が取り除かれ、筋肉の回復が更に促進されます。デスクワークで同じ姿勢を取っていたり、同じ運動を長時間続けていると、同じ筋肉ばかり使うことになり、筋肉が収縮したまま硬くなってしまいます。いわゆる「コリ」の状態です。ストレッチを行い、硬くなってしまった筋肉をほぐすことでコリや筋損傷を改善し、疲労回復を早めてくれます。

4) リラックス効果


ストレッチを行った際の刺激が中枢神経に伝わることでリラックスした状態の副交感神経を優位にしてくれます。そして、呼吸しながらスローペースでストレッチを行うことで、神経の興奮を落ち着かせてくれます。何か気に入らないことがあってイライラしている日は、ストレッチを行って気持ちを落ち着かせましょう。


動的ストレッチと静的ストレッチ


皆さんがストレッチと言われて思い浮かべる動作の多くは静的ストレッチに該当します。座った状態で前屈をしたり、腕を胸の前で組んで伸ばしたり。これらはすべて、実際の身体の動きを含まない静的ストレッチです。一方、動的ストレッチは実際に身体を動かしながら行います。筋肉を動かしながらストレッチを行うことで筋肉が熱を持つようになり、柔軟性が高くなっていきます。皆さんが一度はやったことがある「ラジオ体操」は動的ストレッチに分類されます。一般的に、運動前は動的ストレッチ、運動後は静的ストレッチが適していると言われています。運動前に動的ストレッチを行って筋肉や関節の柔軟性を高め、運動後は静的ストレッチを行うことで疲れが残らないようにします。

動的ストレッチは身体を動かしながら行うため、筋肉に様々な刺激が入ります。すると、交感神経が優位になり、「これから運動するぞ! 」というやる気に満ちた状態にしてくれます。静的ストレッチはリラックス状態に関わる副交感神経を優位に働かせて、身体が回復状態になっていきます。静的ストレッチを運動前に行ってしまうと副交感神経が優位になってしまい、これから運動を始めるのに向かない状態(=リラックス状態)になるため、静的ストレッチを運動前に行うことは適していません。クロアチアで発表された論文では、プロのアスリートに対して運動前に静的ストレッチを同じ部位で45秒以上行うと筋力が平均5.4%、瞬発力も平均2.0%減少し、ストレッチの長さが90秒以上になると更に筋力が低下すると報告されています¹⁾。


ストレッチを行うときに気を付けること

実際にストレッチを行う際は次の点に気を付けましょう。

➤ 無理に筋肉を伸ばさない
関節の可動域を広げたい、筋肉をもっとほぐしたいからといって、痛みが出るまで伸ばすのは避けましょう。筋肉は急激に伸ばされてしまうと、損傷を避けるために自分の意志に関係なく縮まります。これを伸張反射と言います。伸張反射が起きてしまうとせっかくのストレッチの効果が得られにくくなるので、身体に無理のない範囲で行うように心がけましょう。またその際は、痛みが出ないようにゆっくりと時間をかけて伸ばしていただくことをお勧めします。

➤ 呼吸を止めないようにする
体内の酸素が不足すると、筋肉は緊張状態になりやすくなります。筋肉がほぐれやすくなるように必ずストレッチ中は呼吸を止めないように意識しましょう。静的ストレッチの場合、深呼吸を行っていただくことでよりリラックス効果が高まります。


終わりに


ストレッチを行う意味を理解して身体に無理のないストレッチを運動の前後で行うことで、運動効果を高めたり、その後の疲労回復や怪我の予防に役立ってくれます。もちろん、運動前後でなくてもデスクワークの合間や寝る前など、日常の様々な場面でストレッチを取り入れることで、生活がより健康的なものになるでしょう。

 

参考文献
1. Simic L, Sarabon N, Markovic G, Does pre-exercise static stretching inhibit maximal muscular performance? A meta-analytical review. Scand J Med Sci Sports. 2013 Mar;23(2):131-48.
2. InBodyトピック「良い痛みと悪い痛み
3. InBodyトピック「疲労と回復のメカニズム